コラム
2015年08月18日

“成熟社会”なりきれない「日本」-2020年「オリンピックレガシー」に求めること

社会研究部 主任研究員   土堤内 昭雄

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2020年東京オリンピック・パラリンピックの新国立競技場建設を巡り混乱が続いている。1964年の大会以降半世紀が経過、2020年にはどのような五輪が開催されるのか、国民の期待が膨らんでいるだけに残念でならない。前回大会は右肩上がりの高度経済成長期に開催され、言わば発展途上における大会だった。しかし、今回は成熟国家として新たなオリンピック・パラリンピック像が求められている。

2016年大会招致の時には、都民・国民の支持率が低いことが招致失敗の大きな要因だと言われた。2020年東京五輪も招致活動当初から国民の支持率向上が大きな課題だった。2024年夏季オリンピック招致に名乗りを上げていたアメリカのボストンでは、住民の反対が強く、最近、立候補を取りやめた。今や成熟国家のオリンピック開催は、国民の絶大な支持なくしては実現しないのである。

1964年大会では、東海道新幹線や首都高速道路など多くの都市インフラが五輪レガシーとして整備された。一方、今回は日本が社会の成熟化を世界に示す絶好のチャンスであり、21世紀の成熟社会を象徴するメインスタジアムの実現が期待されている。2020年東京五輪は、発展途上国での国威発揚や産業振興を意図する国家主導型ではなく、少子高齢化時代の新たな社会経済システムへの転換を促すような市民主導のオリンピック・パラリンピックになって欲しいものだ。

今回、新国立競技場建設を巡る混乱の大きな理由は、巨額の税金を使うにもかかわらず意思決定のプロセスが不透明で、国民に対する説明が不十分だからではないだろうか。ここではデザインの可否は不問としても、重要なことはそれが成熟社会に相応しいプロセスで決定されたかどうかという点だ。専門家の知見を尊重しながら国民の意見を取り入れ、いかに国民不在とならない新国立競技場計画が策定・決定されるのかが問われているのだと思う。

2020年東京五輪のレガシーのひとつは、日本の市民社会の成熟度を示し、それを将来に発展・継承することだろう。今回は図らずも巨大プロジェクトを遂行するマネジメントの不在とガバナンス体制の未熟さ、そして成熟時代のオリンピックレガシーに対するフィロソフィーの欠如が露呈した。

前回大会から50年を経て、多くの国民は日本が成熟したと思っていたが、それは単なる幻想だったかもしれない。我々はこの現状を真摯に受け止め、社会の成熟化に更に努力を重ねなければならない。今後の5年間、成熟社会における2020年「オリンピックレガシー」に求めることは何か、「神宮の森」に描く近未来の都市像を通して、もう一度よく考えてみることが必要ではないだろうか。



 

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社会研究部   主任研究員

土堤内 昭雄 (どてうち あきお)

研究・専門分野
少子高齢化・家族、市民社会・NPO、都市・地域計画

(2015年08月18日「研究員の眼」)

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