2015年05月12日

日本の格差問題を考える-ピケティ著『21世紀の資本』からの示唆

基礎研REPORT(冊子版) 2015年5月号

社会研究部 主任研究員   土堤内 昭雄

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1―はじめに

トマ・ピケティ著『21世紀の資本』(みすず書房、2014年12月)が大きな話題になった。長期にわたる経済データを駆使し、資本主義の進展と経済格差の関係を実証した700ページを超える大著だ。アメリカで一躍ベストセラーになり、日本でも昨年12月の発売以来、書店で平積みされるほどの人気ぶりだ。日本でこの本が注目された理由はいったい何だろう。
   ピケティは20カ国以上におよぶ経済データを収集・分析し、世界中で拡大する経済格差の状況を明らかにしたが、「格差」の様相は国ごとに異なる。社会が成熟すれば、当然、様々な「格差」が生じるが、それが正当な事由に基づき、大きな社会的不平等を惹起しなければ問題ないだろう。しかし、超富裕層が増えたアメリカの反格差運動“We are the 99%”に象徴されるように、多くの人々が資本主義による極端な富の偏在がもたらす“不平等”に疑問を感じているのである。
   日本では、上位1%の富裕層の所得は全体の1割程度で、その格差はアメリカほど顕著ではない。しかし、相対的貧困率は上昇し、貧困の拡大が進んでいる。また、国民の生活意識をみると、「苦しい」と感じる人が増加している。多くの人が自らを中流と意識していた時代から、中間層が衰退する時代を迎え、日々の生活に不安を覚える人々が増えつつあることが、「格差」が注目される理由ではないだろうか。ここでは、今日、注目される日本の格差問題の現状と背景および課題を探り、問題解決の方向性を考えてみよう。

 

2―日本の格差問題

1│所得格差の現状

厚生労働省「平成23年所得再分配調査報告書」によると、世帯員単位の平均等価当初所得(年額)は282.1万円、平均等価再分配所得は327.6万円だ。ジニ係数は、等価当初所得0.4703、等価再分配所得0.3162と、当初所得では前回(平成20年)より上昇し、再分配所得ではやや低下。所得再分配によるジニ係数の改善度は32.8%で、社会保障による改善度28.6%、税による改善度5.8%となっている。
   世帯員の年齢階級別に所得再分配係数をみると、60歳未満の現役世代でほぼマイナス、特に20代前半や40代後半から50代にかけてマイナス幅が大きく、60代以降は大幅にプラスだ。このように現役世代から高齢世代への所得移転により、近年の高齢化による格差は改善されているのだが、現役世代が減少する人口構造変化の中で、社会保障による格差改善効果をいつまで期待できるだろう。



 

2│貧困層の拡大

日本の格差問題の一つは貧困層の拡大だ。厚生労働省「平成25年国民生活基礎調査の概況」によると、日本の相対的貧困率は、85年12.0%から2012年には16.1%まで上昇し、OECD諸国34カ国中29位と先進諸国の中でもかなり高い。12年の実質貧困線も111万円と97年以降ずっと低下が続いており、実質中央値は97年259万円から12年には221万円へ15%低下していることから貧困の進展が窺える。

 

3│中間層の衰退

日本の「格差」がもたらすもうひとつの問題は、「中間層」の衰退だ。日本の場合、戦後の目覚ましい経済成長は、「一億総中流社会」の中核を形成してきた「中間層」の存在によるところが大きく、成長の果実を多くの「中間層」が共有して、比較的格差の少ない社会を形成してきた。
   しかし、等価可処分所得の中央値は97年以降低下を続けており、今後、「中間層」の貧困化が日本の屋台骨を揺るがすことにならないだろうか。
   今の日本では「中間層」が貧困に転落する様々なシナリオが想定される。人生後半の中高年期に、リストラによる失業や離婚、介護や疾病による離職・転職、若年雇用の不安定化による想定外の子どもの扶養期間の長期化など、これまで安定した生活を営んできた「中間層」が「貧困層」に転落するリスクが高まっている。
   厚生労働省「平成25年国民生活基礎調査の概況」の「生活意識別にみた世帯数の構成割合の年次推移」をみても、「大変苦しい」と「やや苦しい」をあわせると2001年の51.4%から2013年には59.9%と大幅に増加し、「児童のいる世帯」では65.9%に上っている。『21世紀の資本』人気には、格差や貧困の現状のみならず、日本の新たな格差問題として、衰退する「中間層」の不安が映し出されているようだ。

 

3―格差是正に向けて

1│社会保障制度

前出の再分配調査では、現役世代の再分配係数はほぼマイナス、60歳以上が大幅にプラスであり、現在の社会保障制度が現役世代から高齢世代への“仕送り”という世代間扶助で成立していることがわかる。今後、世代間扶助による社会保障制度が持続可能であるためには、支える側の若年世代への支援強化が必要だ。
   例えば、再分配係数のマイナスが最も大きい20代の若年世代の出産・子育てに対する経済的負担を軽減するために、子ども手当ての給付や保育費の公的扶助の充実など若年世代の社会保障に重点を置くべきだろう。
   政策分野別社会支出の対GDP比の国際比較をみても、日本は子ども手当、保育、育児休業給付等の「家族分野」が、ドイツ、フランス、スウェーデンなどと比べ著しく少ない。また、OECD報告書“OECD Educationat a Glance 2014”によると、高等教育に対する私的支出割合は、OECD平均31%に対して日本66%と2倍以上に上る。日本では子どもを持つ現役世代の家計に大学授業料などの高等教育費の負担が重くのしかかっていることがわかる。若年世代への社会保障は、雇用形態や世帯類型、性別などの個人属性で格差が生じてはならない。なぜなら、「子育て」は個人の営みであると同時に、次世代育成という国の根幹に関わる普遍的課題であるからである。

 

2│税制

ピケティが主張するように、資本集約社会の格差を是正するためには、所得税の累進課税に加え、資本へのグローバルな累進課税が必要だ。日本でも今年1月から相続税の基礎控除(非課税枠)が引き下げられ、課税ベースを広げると同時に、これまで低下してきた最高税率が55%に引き上げられた。富裕層への相続税の課税強化は、経済格差の是正とともに格差の固定化を防止する上で必要だろう。
   一方、孫や子どもへの住宅取得資金や教育資金の贈与税の特例拡大は、高齢富裕層が有する豊富な金融資産を活用して経済の活性化を図ろうとするものだ。しかし、これは長期的には富裕層の再生産と格差の固定化をもたらす可能性が高い。少子化が進む中、「世襲資本主義」が行き過ぎないためにも、高齢富裕層の資産は社会全体の若年層へ再分配されるような仕組みが必要ではないだろうか。

 

3│格差対策の発想転換

日本の当初所得格差は拡大しているが、再分配所得の格差は横ばいだ。これは社会保障と税により格差が改善された結果である。格差対策には、発生した格差を是正する<結果の平等>を求める事後的な対策と、行き過ぎた格差を発生させないために<機会の平等>を求める事前の対策が考えられる。今後は、財政状況が逼迫する中で、格差の発生自体を抑制することが重要だ。日本社会の成長が持続可能であるためには、資本主義が構造的に生み出す格差を是正する再配分機能の確立と行き過ぎた格差の発生を未然に防ぐ「格差予防」の発想転換が求められる。
   ピケティは、経済成長によるトリクルダウン効果では所得の適正な再分配は望めず、少子化や人口減少の進展で相続資産格差が拡大・固定化し、「世襲資本主義」が拡がると述べている。人口減少と少子高齢化が進む今日、格差と貧困の連鎖を断ち切るための雇用環境の改善や職業教育の充実など若中年層を中心にした低中間所得層への支援強化が重要だ。不当な格差自体が発生しない社会経済システム、特に教育機会の平等による若者の人生の公平なスタートを保障する制度が必要なのである。

 
 

 

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社会研究部   主任研究員

土堤内 昭雄 (どてうち あきお)

研究・専門分野
少子高齢化・家族、市民社会・NPO、都市・地域計画

(2015年05月12日「基礎研REPORT(冊子版)」)

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