コラム
2015年05月11日

予想外だが実は順当な英国総選挙の結果-高まったBrexitのリスク。Grexitとは質的に異なる

経済研究部 上席研究員   伊藤 さゆり

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(最終的に安定性・継続性を選択した英国の有権者)
   近年、最も予測困難と言われた英国の総選挙は、与党・保守党が下院の過半数の326議席を超える331議席を獲得する結果に終わった。予想外ではあったが、順当な結果でもあった。

結果が予想外だったのは、直前まですべての世論調査で、保守党と最大野党・労働党の支持率が40%を割り込む水準で拮抗、過半数を超える政党がない「ハングパーラメント」が示唆されていたからだ。

だが、キャメロン政権一期目の実績から考えれば、引き続き政権を託そうという選択が優位を占めても不思議ではなかった。2010年5月の政権発足時、英国は世界金融危機と国内の住宅バブルの崩壊で経済・財政に大きな痛手を負っていた。ユーロ圏の債務危機も影響し、英国経済の回復が軌道に乗らない状態が続いた。キャメロン政権の財政緊縮策は長期不況を増幅すると批判されたが、基本スタンスは曲げず、「財政健全化と成長の両立」に道筋をつけた。

第一期に対処しきれなかった課題と新たに生じた問題への対応をキャメロン政権に委ねるというのは順当な判断だろう。財政の黒字化には一層の取り組みが必要であり、雇用面では数量の回復から賃金の上昇の段階に進むことが期待される。住宅価格の高騰による取得難への対策、国民保険サービス(NHS)に代表される社会保障制度の安定、増大する移民への適切な対処への要請も高まっている。

他方、最大野党・労働党が、スコットランド国民党(SNP)の躍進で受けた打撃は予想以上だった。今回、SNPは、スコットランドの選挙区に割り当てられた59の議席のうち56を獲得した。一気に50議席増という大躍進のあおりを受けたのは、40議席減となった労働党と10議席減となった自由民主党だ。スコットランドでの両党の議員数は各1人ずつに減り、そもそも不人気な保守党と並んだ。

労働党は、SNPに直接議席を奪われただけでなく、SNPの政策に影響を受けるとの懸念もつきまとった。SNPは、保守党政権の阻止を公約に掲げ、労働党政権誕生に協力する姿勢を示した。労働党は、任期中の財政の黒字化を約束、法人税の低税率を維持する公約を示し、財政拡張路線に転じるとの懸念払拭に努めたが、結果として保守党との違いは曖昧化した。他方で、SNPの政権公約は、スコットランドに配備されている潜水艦発射弾道ミサイル「トライデント」システムの更新反対と歳出増加の必要性を主張している点を除けば、労働党の公約とおおむね一致する。今回の大敗の責任をとり辞職した労働党のミリバント党首は、SNPとの連携を否定してきたものの、保守党と労働党の獲得議席数が僅差で、共に過半数を割っていれば、SNPの支援で労働党政権が誕生し、財政健全化路線の継続が難しくなる可能性もあった。ハングパーラメントの場合、保守党が政権を樹立しても、少数与党か多党連立政権となり、政権基盤は不安定で、経済政策が方向性を欠き、英国の国際的な地位の低下を招く事態が想定された。


(EUとの関係は不安定化)
   今回の総選挙の結果は、安定性を重視した有権者の判断の集積と言えるが、同時にEUにおける英国の立ち位置という面では、新たな不安定材料を抱え込むことにもなった。保守党の公約である「2017年末までのEU残留の是非を問う国民投票の実施」が確実になったからだ。

2017年の国民投票で英国のEU離脱=Brexitが決まる可能性は現時点では高い訳ではない。ユーロ圏の債務危機の渦中の2012~13年は殆どの世論調査で残留不支持=離脱支持が上回っていたが、ユーロ圏経済の持ち直しと共に残留支持が上回る頻度が増え、15年入り後は、残留支持が上回る傾向が定着しているからだ。総選挙後の5月8~9日にSurvationがMail on Sundayの依頼で行った世論調査でも「残留を支持」する割合が44.5%で、不支持、つまり離脱支持の37.5%を上回る。

しかし、今回の総選挙を引き合いに出すまでもなく、世論調査の結果は、態度を保留している有権者の行動で簡単にくつがえる。一連の世論調査では「わからない」と答える割合が20%弱を占めている。キャメロン首相は、国民投票に先立って、EUとの間で英国の加盟条件に関する交渉を行う方針だ。EU側から譲歩を獲得できるのならば、残留を支持するという割合が増える。キャメロン政権の交渉力とEUが英国をつなぎとめるための譲歩の余地が、Brexitの確率を決める重要な要素となる。それと並んで、国民投票時点でのユーロ圏経済の状況も、有権者の判断に大きく影響しそうだ。


(BrexitはGrexitは質的に異なるものの)
   EUにとってBrexitは、2014年時点で経済規模第2位の大国で、かつ、欧州の国際金融センターが域外に去ることを意味し、大きな痛手となる。しかし、Brexitは、支援を巡る膠着状態が続くギリシャのユーロ離脱(Grexit)とは質的に異なり、本来は、市場の混乱を引き起こすものではない。

EUの基本条約には、ユーロ離脱に関するルールはないが、EU離脱の手順は明記されている。Grexitはユーロ建て債務の返済問題に発展し、ユーロ圏の金融システムを揺さぶるが、Brexit は、金融機関の損失に直接つながることはない。

とは言え、国民投票でBrexit が決まれば、英国政府は離脱の意思をEUに告知し、離脱に関する協定、将来の枠組みについて協議するプロセスに入る。英国のビジネス環境が数年にわたり不透明化することは避けられない。

第二期のキャメロン政権は、国内ではスコットランド独立、対外的にはEU離脱の火種を抱えて船出する。世界的な注目を集める場面がしばしば訪れることになりそうだ。

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経済研究部   上席研究員

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州経済

(2015年05月11日「研究員の眼」)

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