2015年03月06日

貯蓄不足に転じた家計と大幅な貯蓄超過が続く企業

経済研究部 経済調査室長   斎藤 太郎

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1―家計貯蓄率がマイナスに

2013年度の家計貯蓄率は、現在統計が利用可能な1955年度以降で初のマイナスとなった。かつて日本の家計貯蓄率は国際的に高いことで知られていたが、高齢化の影響もあって1970年代半ば頃から低下傾向が続いてきた。現行基準の国民経済計算でみると家計の貯蓄率は1994年度の11.8%から2013年度にはマイナス1.3%まで急低下[図表1]、貯蓄額は1994年度の36.1兆円から13年度の▲3.7兆円まで39.8兆円の急減少となった。
   貯蓄=所得-消費で表されるため、所得の減少、消費の増加が貯蓄の減少要因となる。ここで、1995年度以降の家計の貯蓄減少を消費要因と所得要因に分けてみると、消費の増加による部分が▲19.2兆円、所得の減少による部分が▲20.6兆円と両者がほぼ同額となっている。ただし、経済成長を前提とすれば消費が増加することは当然である。1995年度から2013年度までの家計消費支出の伸びは年平均で0.4%にすぎず、過剰消費が貯蓄減少の理由とは言えない。家計貯蓄の大幅減少をもたらしたのは所得の低迷によるところが大きい。




2―家計の可処分所得の減少要因

家計の所得が低迷している理由は何だろうか。家計の可処分所得(純)の内訳の推移をみると、「所得・富等に課される経常税」は賃金の低迷や所得減税の影響などから1994年度の30.6兆円から2013年度には27.8兆円まで減少し、高齢化の進展を反映し社会給付(純)は1995年度の▲6.4兆円から2013年度には9.2兆円まで増加している。これらは可処分所得の押し上げ要因である。
   一方、可処分所得の8割以上を占める雇用者報酬は2010年度から4年連続で増加しているものの、2013年度の雇用者報酬は248.3兆円とピーク時の1997年度(279.0兆円)と比べると30.7兆円も低い水準となっている。また、超低金利の長期化によって利子所得が激減したことから、財産所得(純)が1994年度の36.3兆円から2013年度には24.0兆円と12.3兆円の減少となっている。
   この結果、2013年度の家計の可処分所得(純)は287.6兆円となり、1997年度の308.4兆円よりも20.9兆円低い水準となっている[図表2]。




3―企業の所得は増加が続く

家計の所得低迷が長期化する一方、企業の所得は増加傾向が続いており、非金融法人の可処分所得(純)は2013年度に32.6兆円と過去最高を更新した[図表3]。内訳をみると、本業で上げた利益に相当する「営業余剰」は足もとでは持ち直しているものの2013年度は51.9兆円とリーマン・ショック前の2007年度(54.8兆円)の水準を依然として下回っている。
   一方、超低金利の長期化に伴う支払利子の大幅減少や対外資産からの利子、配当の増加が財産所得(純)の改善をもたらしている。非金融法人の財産所得(純)のマイナス幅は1994年度の▲30.0兆円から2013年度には▲5.3兆円と24.8兆円も縮小している。
   法人税の支払いが減少していることも企業の可処分所得の増加に寄与している。「所得・富等に課される経常税」は2009年度の8.8兆円から2013年度には14.1兆円まで持ち直したが、リーマン・ショック前の2007年度(18.3兆円)に比べると2割以上少ない。
   国全体の可処分所得(純)はこの20年間でほとんど変わっていない。大きく変わったのは部門別の構成比だ。1994年度を起点とした部門別の可処分所得(純)の増減幅を見ると、家計が▲15.1兆円の減少、政府が▲11.2兆円の減少となる一方、企業(非金融法人+金融機関)が+25.3兆円の増加となっている。つまり、家計と政府の所得の減少分がほとんどそのまま企業の所得増となっているのである。




4―企業内に滞留する余剰資金

企業は貯蓄が高水準で推移する一方、設備投資はバブル崩壊以降、抑制を続けている。企業の貯蓄投資差額は1990年代後半に黒字に転じたが、2009年度からは5年連続して30兆円台の高水準を維持している。
   企業の潤沢な貯蓄が設備投資に回らなかったのは、バブル期に積み上がった過剰債務の圧縮に向けて余剰資金の多くを借入の返済に充てていたことが大きな原因だった。しかし、2000年代半ば頃には債務圧縮が一段落し、その後は借入残高も横這い圏の推移が続いている。
   それにもかかわらず、企業が設備投資に慎重な姿勢を崩さない一因は、国内での需要拡大に見切りをつけ、より高い成長が期待できる海外への設備投資に積極的になっていることだ。海外への設備投資は対外直接投資の増加として金融取引に現れるため、国内の貯蓄投資バランスは変わらない。


5―期待される賃上げ

本来は資金の借り手であるはずの企業部門が大幅な貯蓄超過を続けていることは決して健全な姿とはいえず、経済成長にとってもマイナスだ。かつては日本の個人消費の低迷は社会保障制度の持続可能性に対する将来不安などを背景とした過剰貯蓄が原因と言われることが多かったが、もはや消費の原資となる所得が足りないことが問題であることが明らかとなっている。企業に滞留する余剰資金を家計に還流させることにより所得の増加を伴った個人消費の回復につなげることが経済活性化のためには不可欠である。
   企業の余剰資金を家計に還流させる手段はいくつかある。ひとつは金利上昇によって家計の利子所得を増やすことだ。しかし、日本銀行が「物価安定の目標」とする消費者物価上昇率2%が遠のいたこともあり、「量的・質的金融緩和」が長期化することは避けられず、利子所得のルートを通じた家計所得の改善は当面期待できない。企業が配当の支払いを増やすことも企業から家計への所得移転を進める有効な手段だ。ただし、日本の家計は株式の保有比率が低いため、企業が配当の支払いを増やしてもそれを受け取るのも企業となり、企業部門内に資金が滞留してしまう面がある。
   現時点で最も実現可能性が高く効果も大きいのは、雇用の増加、賃上げの実施による雇用者報酬の拡大だ。消費税率引き上げ後の景気は想定よりも大きく下振れているが、円安による輸出(金額)の増加、海外現地法人の好調などもあって企業収益は消費増税後も堅調を維持しており、賃上げの原資は十分な状態を維持している。
   2014年度は政府による賃上げ要請の効果もあって久しぶりにベースアップを実施する企業が相次いだが、同時に消費税率引き上げによって家計の負担が大幅に増えたことにより賃上げの効果は打ち消されてしまった。2015年度は消費税率の再引き上げが延期されたことに加え、原油価格の急落により消費者物価上昇率の低下が見込めるなど、家計を取り巻く環境は好転しつつある。こうした中で賃上げの動きがさらに広がれば、所得の増加を伴う個人消費の本格回復が実現される可能性が高まり、このことが日本経済全体の成長力を高めることにもつながるだろう。

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経済研究部   経済調査室長

斎藤 太郎 (さいとう たろう)

研究・専門分野
日本経済、雇用

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