コラム
2015年01月26日

「もう20年」「まだ20年」「やっと20年」-震災復興の道のり

社会研究部 主任研究員   土堤内 昭雄

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阪神・淡路大震災から20年が経った。1月17日は神戸市をはじめ全国各地で追悼の催しが行われた。テレビや新聞も特集を組み、震災当時の写真や映像もたくさん流れた。20年前の大震災惨状の記憶が蘇った人も多いのではないだろうか。神戸市のホームページの「震災資料室」には、震災の経験や教訓を継承するため、約1000枚の記録写真が「阪神・淡路大震災『1.17の記録』」として掲載されている。関西に育った私の頭の中にも、慣れ親しんだ神戸の街の被災した姿がしっかり刻まれている。

「もう20年」、震災を直接経験しなかった私には、そう思える。あの時生まれた子どもたちが成人になったのかという感慨が湧く。震災で愛する家族をなくした人にとっては、心の痛みは少しも和らいでいないだろう。「まだ20年」との思いが強いかもしれない。日々、震災復興に尽力してきた人には、復興過程の中にありながら、「やっと20年」が実感かもしれない。

私はマラソンをやっているが、普段、一人で行う練習では10キロ程しか走れない。とても42キロのフルマラソンを完走できるとは思えないのだが、実際のレースになると走れる。私のまわりに同じゴールを目指して一緒に走るランナーが大勢いるからだろう。震災復興も、一人ひとりでは力尽きてしまうが、大勢の仲間がいることで20年もの長い道のりを走り続けてこられたのだろう。いつもマラソンの残り10キロ地点で「やっと32キロ」と感じるが、長い復興の道のりも「やっと20年」だと思う。

阪神・淡路大震災では、火災による罹災世帯数が8,969世帯、延焼床面積が83万5,858m2*、火災被害が非常に多かった。火の手が迫る中、倒壊した住宅の下敷きになった家族を残して避難せざるを得なかった人の心情は断腸の思いだっただろう。そんな苦渋の経験をしてきた人たちが、思いを共有することで、今日の復興が着実に進んできたのではないだろうか。巨大地震という大災害の前では、人は実に小さな存在だが、そこから立ち上がろうと繋がる人たちの力は、なんと大きいことか。

阪神・淡路大震災から16年後、震災の記憶がやや薄らいだとき、東日本大震災が日本列島を襲った。未曾有の大災害がわずか16年の歳月を隔てて起こったのだ。今後、10~20年以内に再び巨大地震が起こらないと誰が断言できるだろう。われわれは常に自然の脅威と隣り合わせに生きている。しかし、大震災から20年、多くの神戸の人が手を携えて歩み続けてきた復興の道は、『自然災害は未然に防ぐことはできないが、人間は連帯することでどんな過酷な状況からも再起する強靭な力を持っている』という強い自信と勇気に溢れるメッセージを発していると思わずにはいられない。




 
 総務省消防庁「阪神・淡路大震災について(確定報)」(2006年5月)

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社会研究部   主任研究員

土堤内 昭雄 (どてうち あきお)

研究・専門分野
少子高齢化・家族、市民社会・NPO、都市・地域計画

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