2014年12月05日

グローバル時代のコンプライアンス、どこまで行えば十分か?-CSRの文脈における2つの論点

川村 雅彦

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コンプライアンスは日本企業のCSR(企業の社会的責任)の特徴の一つといわれる。しかし、それを単に「法令順守」と訳すと、ミスリードする可能性がある。正確には「法令等順守」である。実は、この「等」には深い意味があり、特にグローバル時代にあって、日本企業の海外事業展開においてはリスク管理面から重要な経営課題となりつつある。そこで、本稿ではCSRの文脈からグローバル時代のコンプライアンスを考えてみたい。


1―コンプライアンスは日本型CSRの特徴

1|企業不祥事がCSR論議を呼ぶ

日本における戦後の産業史を振り返ると、日本企業はほぼ10年ごとに不祥事と反省を繰り返してきた。1960年代の公害に対する企業性悪説に続いて、1970年代には石油ショック後の利益至上主義への批判、1980年代には総会屋事件、そして1990年代にはバブル崩壊に伴う様々な不祥事が続出した。そのたびにCSRの社会的論議が大きく湧き上がり、企業は法令順守の徹底を図ることを宣言した。
   しかし、2000年代に入ると、今度はブランド企業の違法・不正行為が相次いで発覚した。社会や市場から厳しい批判を受け、さらに欧米調査機関からのCSR格付なども加わって、2003年は「日本のCSR経営元年」となった
   昨年は、記憶にある方も多いと思うが、皮膚障害放置、反社会的勢力融資、輸送の安全軽視、食材虚偽表示などの不祥事が相次いで発覚した。それぞれ背景は異なるものの、顧客や消費者の信頼を裏切り、自ら企業ブランドを毀損させたという意味では同根であろう。社会からは企業体質とともにCSRの観点からも批判された。

2|CSRとしてコンプライアンスを重視する日本企業

このような経緯を背景に、多くの日本企業はコンプライアンスを重視するようになった。実際、コンプライアンス委員会や担当部署を設置し、基本方針や行動規範などを策定する企業は多い。さらに、コンプライアンスに関する役職員への研修や監査などを実施する企業も少なくない。最近では、リスク・マネジメントの一環と位置付ける企業も増えている。
   従来、コンプライアンスは「法令順守」、つまり法律や条例を守ることと理解されてきた。しかし、最近になって企業研修やセミナーを通じて、単に「法令に違反していないこと」だけでは不十分であることが、かなり認識されてきている。すなわち、「法令等順守」の浸透である。その意味するところは、法規制はもとより法的制約のある契約、社内規程や業界協定、さらには社会規範の順守まで広がる。
   確かに幅広いが、詰まる所、経営リスク・マネジメントであり、倫理観に基づく公正な企業活動を通じた持続可能な社会実現への貢献である。しかしながら、コンプライアンスの範囲はここまでという一義的な定義はない。それゆえ、企業の業種・規模・操業地、あるいは問題の性格によっても対応すべき領域は異なり、まさに経営としての判断が求められるところである。


2―海外展開におけるコンプライアンス:二つの論点

コンプライアンスの徹底は日本国内においても課題はあるが、海外事業展開ではさらに別の要因が加わる。ここでは、事業のグローバル化におけるコンプライアンスについて、相互に関連する二つの論点から考えてみる。

1|論点(1):海外では法令を超えて、どこまでやればよいのか?

海外事業においても、自ら違法行為をしない、あるいは違法行為をする相手とは取引しない。これに議論の余地はない。問題は、この先である。CSRはBeyondCompliance(法規制を超える)と言われる。当地規制で義務化されている訳ではないが、企業倫理や社会的課題からみて、法規制を超えた企業行動が求められる場合、どこまで行えば十分と言えるのであろうか。
   自社の海外現地法人や合弁事業などが、当地で法令違反していないかを調べることは当然である。そのうえで、その海外現地法人だけでなく調達先・委託先が当地の環境や社会に悪影響を及ぼしていないかを自ら調べる必要がある。これは「CSRデュー・ディリジェンス」と呼ばれ、ステークホルダーやNPOとの継続的な対話は効果的な方法の一つである。
   もし自社事業やサプライチェーンで悪影響が判明したならば、法規制を超えて適切に対処すべきである(優先順位付けも含む)。そうすることで、企業は社会的信用や企業ブランドを獲得することが可能となり、企業価値の向上につながる。逆に、そのような対応をしなかったことで、実際にCSRリスクを顕在化させてしまった日本企業の事例は少なくない(以下、事例)。
   ・インドネシアの現地法人で、労組結成と団体交渉の拒否[化学]
   ・インドネシアの現地法人で、正規から派遣へ労働形態の変更[自動車]
   ・マレーシアの二次サプライヤーで、不適切な賃金支払い[機械]
   ・オーストラリアの調達先で、住宅用木材向けの原生林伐採[商社等]
   ・アメリカの石炭開発事業で、先住民の人権侵害への加担[電力]

2|論点(2):国によって異なる法令に、どう対処すればよいのか?

国や地域によって法規制が異なることがある。特に、人権・労働や環境汚染あるいは業務慣行において、多く見られる。そこで問われるのが、「海外におけるコンプライアンスとは何か」である。中でも新興国や途上国においては、当該法令が制定されていない、法令があっても実効性が低いケースが現実に存在する。形式的に「当地の法令には違反していない」ことをもってコンプライアンスと言えるのであろうか。
   この論点については、国や地域別に対応するのではなく、世界で最も厳しい法規制に合わせた自社独自のグローバル統一ルールを策定することが考えられる。これは一見無駄のように見えるが、各国・地域の規制強化への個別対応では世界中の規制強化には追い付かず、かえってリスクを抱え込む危険性がある。むしろ、グローバルに同じ目線で考え行動する方が、リスク・マネジメントとしては理に適っている。
   これには、いくつかの先進事例がある。かつて製造業であったIBMは、世界で最も厳しい環境基準を世界の全工場に適用し、環境監査を行った。また、ソニーは2001年の欧州での手痛い経験から、製品の有害物質含有に関する独自の世界共通仕様を策定した。最近では日立製作所がグローバル事業の拡大を背景に、「グループ人権方針」を策定し、全グループ内に徹底を図っている。これはアジアのサプライチェーンでの経験を反映したものと考えられるが、社内規則化することでグローバルに人権尊重の責任を果たすべく、人権デュー・ディリジェンスの取組を開始している。


3―ハードローを超えるソフトローの認識

いずれの論点についてもグッド・プラクティスは存在するが、現実には相対的なところもあり、最終的には企業の判断に委ねられる。そこで重要なものは、その判断基準である。それは、長期戦略的な視点に立った、自社のCSRリスクとチャンスの判断基準でもある。さらに、自社の事業特性や事業地域を踏まえた、持続可能な社会の実現に向けた企業の姿勢を示すものでもある。
   ISO26000(CSRの国際規格)は、原則としての「法の支配の尊重」と「国際行動規範の尊重」を同時に求める。日立の人権方針は、「国際的に認められた人権と各国法の間に矛盾がある場合は、国際的な人権の原則を尊重する」と明記する。そもそも法令等順守とは、ハードロー(既定法令)だけでなく、ソフトロー(社会規範)を犯すリスクをも未然に防ぐことである。
   今後、企業のグローバルな事業展開が進めば、サプライチェーンを含めて当地の人権・労働や環境汚染、消費者権利の問題を中心にCSRリスクはさらに高まる。それゆえ、グローバル時代にあっては、ハードローに留まらずソフトローの認識が不可欠であり、それを企業風土にまで高める必要がある。

 

 

 1 拙稿「日本の『CSR経営元年』から10年」基礎研レポート2012年11月
 2 例えば、豪州における日本の自動車メーカーによる事業撤退時の再就職斡旋がある。
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