コラム
2014年02月10日

生きる速さ-ゆっくり“歩く”人生

社会研究部 主任研究員   土堤内 昭雄

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最近、歩く速さがすっかり遅くなった。道を歩いていると、後ろから来る人たちに次々と追い越される。かつては雑踏の中を早足で歩き、人の流れをかき分けるように進んだこともあったのだが・・・。近頃、パソコン画面のスクロールもゆっくりだ。あまり早く動かすと、目が追いつかない。マウスポインタの動きも早く設定すると、すぐに見失ってしまう。動体視力が落ちているのだろう。

テレビを見ていても、タレントの早口の会話にはついてゆけない。ニュース番組のアナウンサーがしゃべるようにゆっくり、はっきり話してもらうと、とてもよくわかるのだが・・・。これらすべて視覚や聴覚の衰えなど加齢によるADL(日常生活動作)低下の兆候だろうか。

しかし、日常動作がゆっくりしたおかげでいいこともある。五感の反応範囲が少し広がったような気がするのだ。まちの中を歩いていると、下を向いていた目が、自然と空を見上げるようになった。これまで通勤途上に空の色や雲の動きを楽しむことはあまりなかったが、木々のこずえの先に芽吹く蕾や、風が運んでくる花の匂い、喧騒が打ち消してしまいそうな小さな鳥の声に気づくことも増えた。

還暦を迎えた今、人生の有限性を自覚しつつも、私はなぜか急いで生きようとは思わない。スマホも携帯電話も持たないし、通勤にも各駅停車の電車に乗る。もちろん出張には、新幹線や飛行機などできるだけ速い交通機関を選ぶが、私的な旅ではゆっくりと在来線に乗るのも好きだ。

以前、伊豆旅行の帰りに、新幹線の三島駅で乗車する列車を待っていると、東京行き「のぞみ号」が時速270キロで通過した。自分が新幹線の車内にいる時には感じたことはないが、すぐそばを猛スピードで駆け抜ける列車には、正直、恐怖感が走った。

科学技術が進歩し、人間は想像を絶する速さで移動できるようになった。飛行機や新幹線は確かに便利な交通手段だが、その窓からは見えないもの、見落としてしまうものも多いに違いない。年齢を重ねて、加齢が進む人生を新幹線並みに急いで生きることもないだろう。走行車線は若い人に譲り、社会の流れを阻害しないようにゆっくり登坂車線(Slower Traffic)を歩めばいい。

あるアメリカ先住民の言い伝えでは、彼らは速く移動すると、しばらく立ち止まって休むそうだ。理由は、『魂が体に追いつくのを待つため』だという*。その「魂を置き去りにしない」生き方は、人間が本来持っている“生きる速さ”の本質を示しているのかもしれない。ゆっくり“歩く”人生とは、日常の風景の中に新たにさまざまなものを発見する“魂の旅”なのである。




 
* ミヒャエル・エンデ『エンデのメモ箱』(岩波現代文庫、2013年5月)の「考えさせられる答え」(P.129-130)参照
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社会研究部   主任研究員

土堤内 昭雄 (どてうち あきお)

研究・専門分野
少子高齢化・家族、市民社会・NPO、都市・地域計画

(2014年02月10日「研究員の眼」)

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