コラム
2014年01月15日

首都直下地震の想定をみて-中央防災会議WGによる発表をみて思ったこと

保険研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター兼任   安井 義浩

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もともとわれわれの周りでは、不吉なことは言葉に出して言うべきでないという習慣がどうしてもある。例えば結婚式では「切れる」という言葉は言ってはならないし、受験生の傍では「落ちる」と言ってはならないらしい。逆に望ましいことも口にだして言うだけで実現するともいう。平安時代に貴族が盛んに和歌を詠むことなどは、娯楽や芸術のように見えるが、当のその時代には重要な政治の手段だったのではないか、との説を聞いたこともある。望ましいことは言葉にするだけで現実もよくなるという考え方である。こうしたことは現代の日本でもよくあることであって、千年以上昔とさほど意識は変わっていないのかもしれない。
   万一の望ましくないことを事前に想像して対応策を考えておくことは意外に大変なことなのだろう。これもまた何かの本で読んだが、「契約」ということについても、契約社会の先輩である欧米緒国では、不吉なこと、すなわち何らかのトラブルがあった時、どんな対応方法と責任分担をするか等を契約書内で事細かに決めているのに対し、日本ではトラブルの起こったときの処理方法は契約書上「お互いが誠意をもって対処する」程度の文言にとどまることが多いそうだ。
   そうした雰囲気のわれわれの周りで、唯一(かどうかは定かではないが)不吉なことが起こった時に何が行われるかをはっきりと書いてあるのは、実は「保険契約」なのだという文章も見たことがある。言われてみればそのとおりで、亡くなったら幾ら、ケガをしたらという縁起でもないことを想定して、幾ら支払う、支払わないと明確にしておかなければならないものだ。
   また会社全体のリスク管理という仕事もそんな性質があって、これに携わる者としては、どんな縁起でもないことが起きるかを、事前に想像しておくことが仕事のひとつであったりするし、さらに進んで具体的に対応方法をきめておいたり、損害額の想定をしたり、その際必要な準備金を用意しておかねばならない。

2013年12月19日、中央防災会議の作業部会(首都直下地震対策検討ワーキンググループ)が、首都直下型地震の被害想定などを発表した。この報告書には地震の起きる場所などタイプによる発生確率や、起きた場所や季節などによる被害想定が多岐にわたって示されているのだが、防災対策の主眼を置く都区部直下のマグニチュード7クラスの地震は、30年間に70%の確率で発生し、被害(死者数)は最大2万3千人に及ぶという。またこれとは別に、いわゆる関東大震災と同じタイプの相模トラフ沿いのマグニチュード8クラスの地震は、当面発生する確率は低いとしながらも、最大死者7万人を想定している。
   不吉なことを言葉にすると現実化してしまう社会?にあって、こうした想定を真剣に議論するのは大変な面もあろうと敬服するものだ。「これは地震が起きてほしいということか」などと苦情が舞い込んだりはしないのだろうか?他人事ながら心配ではある。会社の中でも、悲観的な収支見込を出すと、「おまえがそうしたいってことか?」と不機嫌な顔をする上司もいるものだし、別の話として「こんな大きな地震が起こると対応できる費用がない。だから、起こらないことにしよう。」という政策?もどこかで聞いたことがあるような気がするが。そのようにひっぱられていないことを願っている。

さて、この種の話にはさまざまな分野や場面の対策が検討されており、まずは地震の予知に関わる人、防災に関わる人、起こってしまった時の被害想定やその救助・復旧体制を考える人、経済活動への影響を考える人、このあたりまでは社会全体の話だとして、さらに自分の会社の活動に関して同じようなことを検討する人・・・など。そして保険会社の場合には、保険金の支払いや資産価値の下落などの影響に備えたリスク管理を考える必要もあり、こうした地震の被害想定が発表されると巨大災害リスクを見直すということを、条件反射的に考えるのだろうと思う。
   それでも特に今回の対象地域である首都圏に住む者としてできることのひとつは、自分が、7万人とかの中にカウントされぬよう、ひとりひとりが「その時」に対処することを考えておくのが先だろうとも思う。以前会社内で、災害を想定した対処方法の研修というのを受けたことがある。その中でも、外部から招いた講師から「地震など大災害が起こった時、真っ先に考えるべきことは何でしょうか?」という問いかけがあり、それに対し、まじめな職員は「通信手段の確保」「資産の保全」「上司への報告」「お客様の安全」など会社の立場に立った答えが出てきたのだが、研修での正解としては、「まずは自分や家族の身の安全である」と聞いた。(私も内心そう思っていたのでほっとした。それがままならない大変な仕事もあろうが。)実際、防災から個人の対応まで、うまくすれば人的・経済的被害を1/10に食い止めることが可能だとの指摘も先の報告書の中でなされている。
   それにしても「今後30年で地震が起こる確率は70%」といわれても、個人のレベルでは実感がわかない。そういうのは長期的な防災対策なりに任せるなり、あるいは会社の損害想定など大きなレベルの対応に任せて、こうした話題が上がった機会に、忘れかけていた個人レベルでの「不吉なこと」を想定して、食糧・備品の備蓄や避難場所のチェックなどをすることが、今できることだろう。今般、私どもの研究所でも非常食料の入れ替えがあるようだが、これもそのひとつなのか、私は知らない。

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保険研究部   主任研究員・年金総合リサーチセンター兼任

安井 義浩 (やすい よしひろ)

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

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