コラム
2013年12月25日

消えた「デフレ」と今後の課題

櫨(はじ) 浩一

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1.消えたデフレとの表現

政府の月例経済報告の物価情勢の判断から「デフレ」という文字が消えた。
   消費者物価は2008年夏ごろには原油価格の上昇から2%以上も上昇していたが、リーマンショックがおこると、原油価格は急低下し日本の物価上昇率はマイナスへと落ち込んだ。政府は2009年11月の月例経済報告で、日本経済がデフレに逆戻りしたことを公式に宣言した。その後下落基調が続いてきた消費者物価は、2013年夏頃には上昇がはっきりしはじめた。政府は8月の月例経済報告で「デフレ状況ではなくなりつつある」として、状況が改善しつつあるという判断を示していた。11月の消費者物価は、総合指数が前年同月比で1.1%の上昇、日銀が金融政策の判断に使っている生鮮食品を除く総合指数でも、0.9%の上昇となっている。

消費者物価の推移(前年同月比)

政府は、目標とされる2%の物価上昇には距離があり、まだデフレに逆戻りする可能性もあるので、これはデフレ脱却宣言ではないとしているが、事実上宣言したのも同然だ。このまま物価上昇率が高まっていけば、後の経済史では、ここでデフレ脱却宣言が行われたと記されることになるだろう。


2.リーダーの役割

経済への信頼が失われることによって経済危機は深刻化するので、指導者が経済への信頼を回復するために果たす役割は非常に大きい。1930年代の大恐慌では銀行の取り付け騒ぎが起こったが、ルーズベルトが大統領に就任するとすぐに銀行を閉鎖し、国民に1週間で銀行の経営実態を調査し預金の安全を保障すると直接呼びかけたという話は有名だ。銀行を再開すれば、預金を引き出すために人々が銀行に殺到するのではないかと心配された。実際、閉鎖が解除されると銀行の前に閉鎖前よりも長い行列ができた。しかし、それは預金を引き出そうとする人達ではなく、引き出したお金を預金しに来た人達の列だったという。
   一方、明るい見通しを語って国民を鼓舞し続けるだけはだめだ、ということも歴史が教えている。2013年にノーベル経済学賞を受賞したシラーは、ルーズベルトの前任のフーバー大統領は、もうすぐ事態は好転すると大恐慌の中で言い続けたが、本質的な問題の改革に取り組まなかったので失敗したと述べている。指導者は、人々に明るい展望を語ると同時に、課題の抜本的な解決に取り組む必要がある。


3.今後の課題

アベノミクスは、ここまで予想を上回る成果を上げてきた。これを一時的な成功に終わらせないためには、多くの人々が指摘しているように第三の矢である成長戦略が重要だ。成長戦略は企業が考えるべきことで、政府のやるべき仕事ではないという意見もあるが、政府がやるべきこともある。
   デフレは経済の重石になっていたが、これが無くなれば問題が全て解消するというわけではない。デフレに陥る前の1990年代半ばの日本経済は不振だったし、バブル以前も問題だらけだった。日本経済にかかわる仕事を30年以上続けてきたが、この間日本経済はずっと経済の不均衡に悩まされてきた。企業はこの間手をこまねいていたわけではなく、様々な努力をおこなってきた。これだけ問題が継続するのは、個々の企業の努力では克服できない、金融・財政政策の失敗を超えた構造的問題があると考えるべきだ。
   構造問題の解決にはどうしても痛みが伴う。のど元過ぎれば熱さを忘れるということわざもあるが、状況が少し改善すると改革の意欲が失われてしまうことも多い。危機に際しては痛みを伴う改革もやむを得ないと思っても、危険が去れば嫌なことは避けたくなるのは人の性である。アベノミクスの評価を揺るぎないものにするには、これからの対応が重要だ。移り気な国民を叱咤激励するのもリーダーの重要な役割である。


Robert J. Shiller, The Subprime Solution, (Princeton University Press, 2008), p.110

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