コラム
2013年12月04日

利下げが家計に与える影響は?―債務を抱えている世帯により効果的(韓国の事例から)―

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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韓国銀行が利下げを決定

韓国銀行(以下、韓銀)は、 今年の5月 9日に金融通貨委員会を開き、昨年10月以後6カ月間凍結してきた基準金利を、既存の年2.75%から0.25%p 引き下げ、年2.50%に決めた(表1)。韓銀が利下げを決めた理由としては、対外的には日本の円安政策や主要国の追加的な利下げ政策に対応するためであり、対内的には政府と政策的な協力関係を維持するためであると言える。さらに対内的な要因としてもうひとつあげられるのが、家計債務に対する負担緩和とそれによる消費の活性化である。
表 1韓国における金利の動向
韓国における家計債務は継続的な増加傾向にあり、2012年における家計債務の総額は963.8兆ウォン(89兆円、家計債務の対GDP比は75.7%)で、2002年の464.7兆ウォン(43兆円)より10年間で2倍以上増加した。韓国における家計債務は、成人人口の約44%が、また、全世帯の約64.6%1が抱えている深刻な問題である。元金の返済や過大な利払いは、家計の消費活動を萎縮させる要因になっていた。従って韓国政府は、家計の消費を増やし、景気を活性化するために、債務を抱えている世帯の利子負担を緩和する必要があった。

今回の韓国政府の利下げ政策は、世帯、特に債務を抱えている世帯にどのような影響を与えたのか。本稿では、韓国における所得階層別の貯蓄額や金融債務額のデータを用いて、利下げ効果に対する簡単な分析を行ってみた。

利下げ政策は債務を抱えている世帯により効果的

表2は、すべての世帯を対象として、2013年5月の利下げ率0.25%を貯蓄や金融債務に反映させた結果であり、全所得階層で利下げによる損得がマイナスになっていることが分かる。つまり、全世帯を対象にした場合は、貯蓄から得られる利子収入の減少額が、利下げにより得られる利子費用の減少額より大きく、家計の状況がより厳しくなっている。
表2 全世帯の貯蓄や負債に対する利下げの影響(所得階層別)
一方、表3は、債務を抱えている世帯のみを対象として、今回の利下げの損得を計算したものである。債務がある世帯は、所得水準が最も高い「所得第5階級」を除き、全世帯に比べて資産や貯蓄が少ない反面、債務は多いことが表3から読み取れる。利下げの影響は、表2の結果とは異なり、所得第5階級を除いたすべての所得階層で、利下げによる損得がプラスであるということがと確認された。
表3 債務を抱えている世帯の貯蓄や負債に対する利下げの影響(所得階層別)

さらなる減免政策の実施を

最近、韓国では債務返済が困難な人が増えている。従って、政府が基準金利の利下げや利子減免政策を実施することは、彼らの過剰債務の解消や社会復帰の支援において、ある程度効果的であると考えられる。一方、上記の分析の結果からも分かるように、利下げは債務がない世帯の実質所得を減少させる要因としても作用しており、債務を抱えている世帯の利子負担緩和のみを考慮し、基準金利を下げることには慎重を期す必要がある。

また、金利が高かった過去に比べると、金利が低くなった現在では、利下げによる効果が大きく期待できない可能性が高い。例えば、アジア経済危直後の1998年2月には18.25%まで上昇していた定期預金(6ヶ月以上1年未満)の 金利は、最近の2013年9月には2.67%まで低下している。一方、消費者物価は年々2%前後に上昇している。このため、現在は、実質金利はゼロ金利に近くなっていて、これ以上の金利引き下げの可能性の幅は、非常に狭くなってしまっている。

従って、今後は利下げにより債務者における利子負担を緩和する政策より、高金利を低金利に切り替える等の減免政策がより必要かも知れない。今後の韓国政府の対応に注目するところである。
 
1 韓国統計庁(2012)「2012年家計金融・福祉調査結果」
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
労働経済学、社会保障論、日・韓における社会政策や経済の比較分析

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~  日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

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