コラム
2013年12月02日

「絆」の二面性-“つながり”のあり方問う「互助」と「束縛」

社会研究部 主任研究員   土堤内 昭雄

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東日本大震災を機に家族の絆、夫婦の絆、地域の絆など、人と人とのつながりである「絆」の大切さが再認識されたと言われている。この「絆」という字には2通りの意味がある。ひとつは『人と人との断つことのできないつながり』であり、もう一つは『馬などの動物をつないでおく綱』という意味だ。後者は「ほだし」とも読み、『人の行動の自由を縛るもの、自由を妨げるもの』という意味になる。

これまで日本の地域コミュニティには強いつながりがあり、そこでは互助機能が働き、地域の課題を協働して解決してきた。一方、地域の強い絆は時として地域共同体の同一性を求めたり、異質なものを排除したりすることがある。そのために自由を束縛する「絆」に息苦しさを覚える人もいるだろう。その結果、匿名性を求めて大都市居住を志向する人が増えているのかもしれない。このように「絆」には全く異なる二面性があることがわかる。

子どもが小さい頃よく公園に出かけた。子どもは親からどんどん離れて行くが、ある程度離れると親の居場所を確認する。すると子どもは安心してさらに遠くへ行く。このような子どもの行動を見てると、親子の絆とは子どもが安心して自立するためのものだと実感する。一方、親が子どもに過剰に干渉すると子どもの人生を束縛することもある。子どもが自由に生きていくための自立を支える絆と、親子が親離れ・子離れができずにお互いにもたれあう絆、ここにも絆の二面性が窺える。

現代社会では世代にかかわらず単身世帯が急増している。おひとりさま社会の到来だ。お年寄りの孤立死や若者の引きこもりなど、社会的孤立の様相は深刻さを増し、それを防ぐためには「自律的依存」、即ち他者とのつながりが不可欠なのだ。ソーシャル・キャピタル(人間関係資本)の蓄積の重要性が指摘される所以でもあるが、そこにも影の側面があり、「絆」と同様の二面性の問題を孕んでいる。

われわれは未曾有の大震災を経験し、地域の人とのつながり無しにはひとりで生きて行けないことを痛感した。そして人々は社会から孤立するのでもなく、強い人間関係に縛られるのでもない緩やかな紐帯“ウィーク・タイズ”を求め始めている。一方、地域の関係性が薄れるなか、敢えて「お節介」なつながりがあってもよいのではないかと思う。「お節介」が文字通り“節度ある介入”である限り、コミュニケーション不全社会を豊かなコミュニティに変えていくことができるからだ。社会的孤立が進むおひとりさま社会で、人と人とのつながりである絆が、「互助」になるか「束縛」になるかは、一人ひとりの価値観に基づく「つながり」のあり方と人間という他者への興味の有無によるのかもしれない。




 
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社会研究部   主任研究員

土堤内 昭雄 (どてうち あきお)

研究・専門分野
少子高齢化・家族、市民社会・NPO、都市・地域計画

(2013年12月02日「研究員の眼」)

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