コラム
2013年10月07日

“幸せ”もたらす「選ぶ力」 - 選択の制約活かす

土堤内 昭雄

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豊かな成熟した社会は、選択肢の多い社会でもある。消費生活において、自らの志向にそって選択できることが多様な欲求を満たしてくれるからだ。人間は「選ぶ自由」を持つことで、自分が置かれた状況をコントロールし、自分の望む人生を切り拓いていくことができる。だから、豊富な選択肢があり、自己決定権を持つことが“幸せ”をもたらすのだろう。

『選択の科学』(シーナ・アイエンガー著、文藝春秋、2010年)によると、選択の自由度は人の健康状態に大きな影響を与え、たとえ仕事がハードであっても自由裁量の幅の広い人ほど健康だという。また、動物の場合でも、生きる上での選択肢が少ない動物園では、生存条件が安定的に確保されているにもかかわらず、野生に比べて寿命は短いそうだ。

このように選択できる社会は、人を健康で幸せにする一方、選択肢は多いほど人は“幸せ”なのだろうか。同書は、スーパーマーケットでジャムの品揃えを増やし過ぎるとお客が購入する確率が低下することを明らかにしている。選択肢が多すぎると逆に満足度が低下するため、顧客に与える選択肢に上限を設けることが実際に役立つというのだ。つまり、選択肢には有効な適正数があるのである。

私は時々、定年退職した人たちに話をする機会があるが、そこでよく耳にするのは、『定年退職後、朝起きて何をしていいかわからない』という声だ。これまで忙しい職業人生を生きてきて、定年後にやっと手に入れた豊富な自由時間。しかし、目の前に限りなく広がる暮らしの選択肢の海を見ながら、何を選んでよいのかわからず、呆然とする人も多いのではないだろうか。

では、“幸せ”もたらす選択をするには、どうすればよいのだろう。何でも選べることは、何も選べないことと表裏一体だ。しかし、実際の選択には経済的、身体的、文化的な様々な制約がある。それは必ずしもデメリットとは言えない。何ができて何ができないか、選択に伴う制約を明らかにし、制約をメリットと捉えることで、より良い選択肢が生まれ、効果的な選択ができることもあるからだ。

『選択の科学』の著者であるアイエンガーさんは目が見えない。彼女は『目が見えないことで選択を制限されることについてどう思うか』と尋ねられ、『選択に制約を課されることで、逆に本当に大切な事だけに目を向け、選択しやすくなる。限られた選択肢を最大限活かすために、創造性を発揮することもまた楽しい』(P.379「訳者あとがき」)と答えている。“幸せ”もたらす「選ぶ力」とは、誰もが少なからず抱えている制約を主体的に活かす選択のことではないかと思うのである。



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