コラム
2013年05月20日

「携帯」持たない“絶滅危惧種”-社会規範の揺らぎ

社会研究部 主任研究員   土堤内 昭雄

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私は携帯電話もスマホも持っていない。『それでよく仕事ができるね』や『日常生活で困らない?』と心配されたり、奇異な目で見られたりする。これまで私自身は携帯電話を持たないことでそれほど困ることはなかったが、最近ではちょっと事情が異なる。現代社会は、携帯電話があることを前提として、様々な社会システムが構築されるようになっているからだ。

また、自分が困らないから『僕の勝手だろ』とは言えない状況も生じている。私が地方都市で講演する時、主催者から「当日の緊急連絡先を教えて欲しい」と言われる。会社や自宅の電話番号とEメールアドレスを知らせるが、実際、移動中の私には連絡は取れない。きっと『迷惑な人』だと思われているだろう。こちらから公衆電話で連絡するにも、それが見当たらずに困ることもある。

携帯電話は素晴らしい文明の利器であり、我々の暮らしを豊かにする可能性がある。また、携帯電話が広く普及し、新たな技術の獲得は人々の発想やライフスタイルを変え、社会のあり方を変える。しかし、そこには変えてはならない、変わってはならない社会規範もあるのではないだろうか。

私は、外出先の「人との待ち合わせ」で時々待たされることがあるが、ここでも携帯電話を持たない私は『迷惑な人』だ。私の中では、連絡が取れるかどうかに関わらず、約束した時間を厳格に守ることは変えてはならないことのひとつなのだが・・・。また、携帯電話でおしゃべりに夢中になりながら赤ちゃんを乗せたベビーカーを押している人などを見ると、やはりその使い方に疑問を抱いてしまう。

勿論、社会規範は永久不変ではなく、そこには揺らぎがある。現在では電車の中で携帯電話の通話はマナー違反だが、東京メトロなどでは常時通信が可能となり、車内でのインターネットやメールの利用が拡がっている。また、子どもの頃から携帯電話を使っているデジタル・ネイティブ世代にとって、「人との待ち合わせ」という行為自体に、厳密に特定された時間と場所の概念がないのかもしれない。そうだとすると、社会規範はむしろ時代の技術革新や社会状況に応じて適切に変わるべきと考えるが、どこにその線を引くかはとても難しい問題なのである。そこに社会規範の揺らぎが生じる。

私は『何故、携帯電話を持たないのか』自問する。その理由は、私が規範の揺らぎの中にあって、自らの価値判断の拠り所を求めており、自分自身の価値軸の原点を見失いたくないからだろう。だが、いくら生物多様性の視点から、『迷惑な人』を含めた多様な価値基準が必要だと自己弁護してみても、「携帯」を持たない私を待ち受けているのは、“絶滅危惧種”への道かもしれない。




 

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社会研究部   主任研究員

土堤内 昭雄 (どてうち あきお)

研究・専門分野
少子高齢化・家族、市民社会・NPO、都市・地域計画

(2013年05月20日「研究員の眼」)

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