コラム
2013年04月26日

英国サッチャー首相の時代、そして今~当時の世界の指導者が成し遂げたこと

  谷本 忠和

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4月17日に英国のサッチャー元首相(4月8日没)の葬儀がロンドンのセントポール大聖堂で営まれた。34年前の1979年5月に英国保守党党首から首相に就任し、競争原理の導入・「小さな政府」を標榜。民営化や金融ビックバン「取引所の大改革」(サッチャリズム)を実現して英国病と言われた経済停滞を打破した。また、ソ連との冷戦を融和させる道筋をつけた外交などその功績は今日でも高く評価されている。

○世界を変える指導者が続々登場
   振り返ってみると、サッチャー首相誕生に前後して、国と世界を変える指導者が続々登場した時代でもある。
 ・1978年12月、中国で鄧小平氏が復活(改革開放路線、市場経済への移行・先富論)
 ・1981年1月、米国でレーガン大統領就任(小さな政府、規制緩和・減税等レーガノミクス、冷戦終結)
 ・1982年11月、日本で中曽根首相就任(民営化、金融・資本市場の自由化・国際化)
 ・1985年3月、ソ連でゴルバチョフ共産党書記長就任(政治的・経済的自由化、情報公開)
役者は揃った。

○規制緩和、金融・資本市場の自由化、冷戦終焉と市場開放がグローバル化を促進
   1980年、米国で金融制度改革法が成立し、金利の自由化、金融取引の多様化といういわゆる「金融革命」が起こった。1983年には日米「円・ドル委員会」に波及し、日本の金融・証券市場、為替取引の自由化がスタートした。そして、1986年に英国の金融ビックバン(証券市場の自由化)が続いた。
   また、世界の政治体制も大きく変わった。
   1989年10月、冷戦の象徴であった東西ドイツに立ちはだかるベルリンの壁が崩壊し、同年12月にはマルタ島でソ連ゴルバチョフ書記長と米国ブッシュ大統領間で「冷戦終結」を宣言。1991年12月ゴルバチョフの書記長の辞任とともに共産主義国ソ連が解体し、第二次世界大戦後の対立構造が消滅した。漸く、世界が一つに向かい始めた。
   小さな政府と規制緩和、金融・資本市場の自由化、東西冷戦の終焉と市場開放は、国と世界を変え、世界の流動性を高めた。ヒト、モノ、マネーが世界を自由に動くことができるグローバル化が進み、これが、その後、発展途上国が成長する原動力の一つになった。
   さらに、マイクロソフトのWindows、インターネットの普及がグローバル化の流れに拍車をかけた。

○グローバル化は発展途上国の経済発展につながり、南北問題の是正が進行
   金融・資本市場の自由化及び東西冷戦の終焉は、発展途上国にとって市場開放や資本取引規制の緩和圧力になったが、これは投資を受け入れる大きなチャンスでもあった。勿論、数々の通貨危機や経済危機が発生したが、発展途上国の経済発展は、中国、NIEs、ASEAN、中国を含むBRICsと広がり、先進国と発展途上国間のいわゆる「経済格差」「内外価格差」「賃金格差」の是正が着実に進んでいる。
   一方、先進国にとって、格差の是正は、発展途上国への生産シフト、発展途上国からの輸入の増加などからデフレ要因の一つとなり、中でも円高が伴った日本はその圧力を最も被ったといえる。


G7と発展途上国のGDPシェアの変化


○異次元の金融緩和のゆくえは
   格差の是正が進行する中、先進国は様々な課題に直面し、低成長、高失業に喘いでいる。
   それらへの対策のひとつとして、米国バーナンキFRB議長(2006年2月~)、EUのドラギECB総裁(2011年11月~)は資産買取りによる過去最大の量的緩和策を打ち、日本の黒田日銀総裁(2013年3月~)はデフレ脱却に向け、2%のインフレ目標と欧米を上回る「異次元」の量的緩和策を打っている。
   しかし、格差の是正、すなわち南北問題の解消が道半ばだとすると、中央銀行による大量のマネー供給は、しっかりした成長戦略がないと単に潜在成長率が高く収益性の高い市場、つまり発展途上国に流れ出るだけに終わる可能性が高い。
   先進国の金融緩和は、勿論、自国経済の成長を狙ったものである。副次的に生まれる発展途上国へのリスクマネーの提供を促進しているというプラス効果だけでは意図した成果には及ばない。先進国内の内需拡大への取り組みとともに、発展途上国へ関与を深め、ともに成長する戦略もこれまで以上に求められるのではなかろうか。


 
<参考>
 * 英国金融ビックバン:売買手数料の自由化、取引所会員権の開放による銀行資本の市場参加、株式取引税を0.5パーセントへの引き下げ、株式売買にコンピュータを導入し無人化、取引所集中義務の撤廃など。
 * (東西)冷戦:第二次世界大戦後の「米国を盟主とする資本主義・自由主義陣営」と、「ソ連を盟主とする共産主義・社会主義陣営」との対立構造。
 * 米国金融制度改革法:1980年預金金融機関規制緩和・通貨統制法、1982年預金金融機関法。
 * 米国金融改革の背景:1978年から継続した歴史的高金利による深刻なディスインターミディエーション(銀行を通じた資金供給(間接金融)の縮小)、1975年5月証券手数料自由化、1977年CMA(証券総合口座)の発売 等による証券業界の預金金融機関への攻勢など。
 * 日米「円・ドル委員会」:1983年11月のレーガン米大統領訪日時における日米蔵相共同声明を受け設置された「日米共同円・ドル・レート金融・資本市場問題特別会合」。1984年5月、(1)大口預金金利の自由化、(2)外貨の円転換規制の撤廃、(3)外国銀行単独での信託業務進出の承認、などが盛り込まれた報告書が発表され実行に移された。
 * 発展途上国:経済的発展が相対的に遅れている南の諸国の総称。
 * 南北問題:1960年代に入って指摘された先進資本国と発展途上国の経済格差とその是正をめぐる問題。豊かな国が世界地図上の北側に、貧しい国が南側に偏っていることから南北問題と呼ばれる。
 * 発展途上国の市場開放:1970年代後半の中国やブラジル・ロシア・インドの1990年代初頭の経済政策の転換などいずれも、対外開放による海外からの投資・市場経済化を推進するもの。
<参考レポート>
 * 国立国会図書館レファレンス 2003.12

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