コラム
2013年03月29日

キプロス・ショックの波紋 -銀行同盟に弾みがつけば怪我の功名

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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欧州時間の3月28日正午(日本時間28日午後7時)、今月16日から休業していたキプロスの銀行の営業再開がようやく実現した。すでに広く報道されているとおり、キプロスの銀行休業は、欧州連合(EU)、欧州中央銀行(ECB)、国際通貨基金(IMF)のいわゆるトロイカが、総額100億ユーロのキプロス支援の条件として突きつけた銀行の預金者負担問題の迷走で長期化していた。結局、この問題は、EUの共通ルールで保護対象となっている10万ユーロ(約1200万円)以下の預金は全額保護、10万ユーロ超の大口預金者により高率の負担を求める形で決着、銀行営業再開の道が開かれた。

銀行の無秩序な破たんという最悪のシナリオはとりあえず回避したとは言え、キプロスにとっての苦境はむしろこれからが本番だ。キプロスは、銀行営業再開と併せて、1日当たりの現金引き出し上限300ユーロ、小切手の換金禁止のほか、商業取引に関わる送金も5000ユーロ以上は承認を必要とするなどの資本取引規制を導入した。規制は7日間の予定だが、予定どおり終了できるかは資本逃避の圧力次第。資本規制に加えて、支援プログラムが求める大手2行の整理・再編、利子所得の源泉課税や法人税引き上げといった措置は、短期的には成長と雇用にマイナスに働く上に、オフショア金融立国としての優位性にも影響を及ぼす。

市場にはキプロス支援が、預金者負担という新たな領域に踏み込んだ余波を巡る疑心暗鬼も広がる。キプロスで預金者負担という特別な措置が採られた背景には、(1)2012年末現在で銀行資産がGDPの7倍を超える水準に膨れ上がっている(図表)、(2)資金調達に占める預金の比率が高い(債券発行の割合が低い)、(3)ロシアなど域外の預金者の比率が高いという3つの特殊要因があるとされる。(1)に関連して、キプロス支援合意では「銀行セクターを2018年までにEU平均並みの水準に縮小する」という数値目標も盛り込まれた。
   このため、銀行の不良債権問題を抱えるスロベニアがキプロスに続く支援要請国となり、なんらかの民間関与が求められるのではないかという観測のほか、ルクセンブルクやマルタというキプロス以上に銀行セクターの肥大化が目立つユーロ参加国にも警戒の目が向く。各国の当局者は、自国の銀行セクターの健全性、キプロスとの違いを主張、火消しに追われている。

キプロスを巡る迷走は、単一通貨圏内での銀行の母国監督主義の限界、預金保険制度が各国の信用力に依存する状態から脱していないことから生じた混乱と見ることもできる。解決策となるのは、銀行同盟、すなわち単一の銀行監督体制と預金保険、金融危機管理基金の共通化だ。
   3月14~15日に開催されたEU首脳会議では、銀行同盟に関して、(1)14年設立を目指す単一監督メカニズム(SSM)の法案の完成を向こう数週間の優先課題とする、(2)13年上半期中にSSM設立後の欧州安定メカニズム(ESM)による銀行への直接資本注入問題と、銀行再生・破たん処理と預金保険の手続きの共通化に関するEU指令の合意を目指す、(3)13年夏までにEUの欧州委員会が、単一の清算メカニズム(SRM)に関する法案を提出するなどのスケジュールで合意している。

キプロスを巡る迷走と波紋の広がりが、こうしたユーロ圏の銀行同盟への取り組みを後押しする「怪我の功名」となることを期待したい。



銀行総資産の対名目GDP比

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伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

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