コラム
2013年03月11日

中所得国の罠と起業家精神

経済研究部 主任研究員 高山 武士

このレポートの関連カテゴリ

文字サイズ

インドネシアやフィリピンも都市部を中心に発展が進むが、さらに所得の高いタイは、国の広範囲で発展が進んでいるイメージだ。都市部だけではなく、郊外でも開発が進む。
   また、鉄道に乗ってみると、その中間層が厚いことを改めて感じる。タイも渋滞こそインドネシア・フィリピン同様に酷いが、市街地には複数の鉄道(電車・地下鉄)が整備されはじめており、何より、これを使う人が多い。格差が大きい社会では、混雑解消のために鉄道を敷いても、庶民には運賃が高く、簡単に使えない。しかし、バンコクではきちんと庶民の足になっている。


バンコクの鉄道(BTS)のプラットホーム


タイは政府が積極的に外資系企業を誘致しようとしており、特に日系企業が多く進出している。中心となる自動車は年間240万台を生産するほどの規模にまで拡大し、自動車関連工場で働く労働者が増えている。これがタイの分厚い中間層の形成に一役買っている。工場はバンコク市街地ではなく、工業団地のある地方に分散されているため、中間層は都市部だけでなく、広い地域で生まれはじめている。この点が、他のASEAN新興国との違いであり、高い成長を記録するなかでも所得格差がそれほど広がっていない理由の一つだと考えられる。むしろタイでは、人手不足が問題になるほどであり、ミャンマー・ラオス・カンボジアといった近隣諸国からの出稼ぎ労働者が働いているケースも少なくない

このように、製造業が増え、工場で働く人が増えたタイでは、中間層が大きく増加している。
   ただ、タイの強みは外資系資本を呼び込むことだけではない。
   タイ経済を支える強さは、中小企業(零細企業・個人経営企業)にある。実際、バンコク市街地には工場は見あたらない。市街地では、工場労働者もそれほど多くはないだろう。一方で、こうした市街地にも中間層は住んでおり、経済の発展が進む。では、彼ら、彼女らはどんな職業に就いているのだろうか?
   その答えが中小企業の経営者だと考えられる。もちろん、バンコク市街地には高層ビルが立ち並び、金融機関など専門性を売りにしている企業で働くホワイトカラーも多く存在する。ただ、そうした人たちの所得は、むしろ裕福層に近い人達と言えるだろう。

タイの場合、経済が発展するなかで市街地には大型商業施設があちこちに建設されたが、それによって小規模店舗が駆逐されたわけではない。大型商業施設の近くにも小規模店舗や屋台・露天が多く存在する。こうした光景はとても印象深く、露天や屋台が集まる市場は観光資源になるほどである。また、大型商業施設内にもブランドショップやチェーン店だけではなく、多様な小規模店舗が出店しているように見受けられる。
   そして、タイでは、こうした小規模な商店がきちんと稼いでいる。大規模モールも人で賑わうが、小規模店舗や屋台で買い物をする人も多い。棲み分けが出来ていると言えば良いだろうか。また、農村部では、二期作(や三期作・二毛作)を行うため生産性が高く、田舎に行けば食うに困らないだけの生活は出来ると言う。その結果として、富が過度に集中することなく、様々な人に行き渡っているように感じる。個人事業や農業が生活を支える術としてきちんと機能していることが、雇用の受け皿となっており、貧困層の削減につながっているように思われる。


バンコク市街地、右側の大きな建物は大規模複合施設、左側の傘は露天商のもの


さらに、タイは起業家精神を持つ若者が多い。
   前述したようにすでに人手不足は深刻になっているため、職を見つけやすいし、そうでなくても、上述したように個人で食べていける職業が多くある。農村部の人も都会に進出したり、起業したりするインセンティブは大きい。失敗しても田舎に帰って、農業ができるからだ。政府もこうした動きを支援しており、起業の手続きは簡単だ。特に最近は、IT関連企業を設立しようとする若者が多いようだ。加えて、日本人を含め、海外の人もタイでのビジネスチャンスを見つけ、タイで起業をするケースもあると言う。


バンコク市街地、左の写真は大規模複合施設、右の写真は小規模店舗が立ち並ぶ通り


もちろん、こうした動きは、タイ経済が活性化しており、大きく儲けるチャンスが十分にある、少なくともそう考えられているからできることである。

タイはこれから高所得国になれるかという時期にさしかかっている。この時期は「中所得国の罠」と呼ばれるような成長を阻む障害も多く存在する。タイはアジア新興国の中では出生率が低く、これから高齢化がどんどん進行すると言う構造的な問題も抱える。しかし、起業家精神に溢れる若者は、新しい産業、イノベーションを生み出す力となり、成長の原動力となる。こうした活気のある若者がタイを罠から救う鍵になるのかもしれない。


 
 2012年の生産台数は、世界ランキングではトップ10となる。1位は中国で1927万台。そして2位のアメリカ(1033万台)、3位の日本(994万台)と続く。
 タイの強みの1つには、こうした国と陸続きになっており、比較的労働力の移動が比較的容易であることから、人手不足の問題に海外からの出稼ぎ労働者を受け入れることで対応できるということが挙げられる。
Xでシェアする Facebookでシェアする

このレポートの関連カテゴリ

経済研究部   主任研究員

高山 武士 (たかやま たけし)

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

経歴
  • 【職歴】
     2002年 東京工業大学入学(理学部)
     2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
     2009年 日本経済研究センターへ派遣
     2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
     2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
     2014年 同、米国経済担当
     2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
     2020年 ニッセイ基礎研究所
     2023年より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2013年03月11日「研究員の眼」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【中所得国の罠と起業家精神】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

中所得国の罠と起業家精神のレポート Topへ