コラム
2013年02月20日

モバイルワークが創り出す新たなビジネスコミュニティ

  松村 徹

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20年以上前、長野県の「リゾートオフィス」に1週間滞在して、東京と同じように仕事ができるかどうかを実験したことがある。当時、旺盛なオフィス需要に東京都心部の開発が追いつかず、都心のオフィス空室率は1%を切るほど需給が逼迫していた。「土地バブル」といわれた地価高騰で、経済や人口の東京一極集中が大きな社会問題となっており、郊外や地方にオフィスを分散する政策が進められていた。「リゾートオフィス」では雑務に忙殺されないものの、周辺の環境が快適すぎて昼間はロッジにこもって仕事をするのがもったいなく感じた。あまりに自由で思ったほど仕事に集中できない上、新聞や雑誌の購入すらままならず、通信手段は固定電話とファックス、情報機器はワープロ専用機とフロッピーディスクでは、あらかじめ持ち込んだ資料の整理くらいしかできなかった。携帯電話やインターネット、ウェブサイトのない時代、都心部のオフィスとリゾート地では情報収集とコミュニケーション面での格差があまりにも大きく、リゾートはやはり非日常の場所でしかなかった。

しかし、インターネットによるグローバルな情報通信環境が整備され、ノートパソコンやタブレット端末、スマートフォンなどのモバイル機器が普及し、世界中のウェブサイトに瞬時にアクセスできるようになった現在、リゾートオフィスどころか、“何処でもマイオフィス”が実現している。離れた相手と写真や動画をやりとりすることも当たり前になったが、GPS機能を使えばお互いが何処にいるのかがわかってしまうのは良し悪しかもしれない。いまや、カフェやホテルのラウンジ、通勤電車や新幹線の車内、公園などでノートパソコンやスマートフォンを操作する人の姿(仕事をしている人は案外少ないと思うが)は日常の風景になっている。自宅のパソコンから会社のシステムにアクセスして業務を行う在宅勤務は、主に育児や介護と仕事の両立を目的に導入される例が多かったが、東日本大震災を契機にBCP(事業継続計画)や節電の観点からも関心が高まっている。

このように、時間や場所に制約されずに仕事ができるモバイルワークが珍しくなくなった現在、不動産ビジネスとして、新しいワークスプレイスを提案する動きも目立つ。たとえば、都心部のオフィスビルに設けられた会員制の賃貸型サテライトオフィスだ。法人客から個人客まで幅広い利用を想定した施設利用が可能で、共用ラウンジやイベント、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)との連動など、利用者同士の交流促進や新しいビジネスチャンス創出の環境整備にビルオーナーが取り組んでいる点が、かつてリゾートオフィス同様に注目された郊外立地の自社分室型サテライトオフィスとは大きく異なる。このほか、シェアハウスとシェアオフィスを組み合わせて住民とオフィスワーカーの交流を生み出そうとする賃貸ビル事業や、さまざまなコワーキング(共働)スペースを提供する事業も注目される。共通するのは、単なる場所貸しではなく、事業者がビジネスコミュニティづくりにも積極的に関与しようとする姿勢だ。今後、入居者や利用者同士の交流がビジネスチャンスの発見や起業にどれだけ結びついていくかはわからないが、不動産サービスを通じて新たなビジネスコミュニティを創り出そうという試みは大いに評価したい。

いずれにしても、モバイルワークの普及で、独立したワーカー同士の交流によるヴァーチャルなビジネスコミュニティが形成できるようになったといえるだろう。しかし、一個人の能力だけではできないことを共同体として実現しようという目的が同じである以上、オフィスビルに多数のワーカーが集まって働く従来のリアルなビジネスコミュニティもなくなることはないだろう。特に、共同体がピラミッド型組織で規模が大きい場合は、従来型オフィスの方が効率的な運営ができると思われる。むしろ、インターネットを介して情報の共有はどこにいても可能になったため、リアルな場を共有することで連帯感や一体感を高める必要性も強まっている。米国では、世界的なソフトウエア開発企業が、裁量労働制で在宅勤務も多く交流の少ない社員同士のコミュニケーションを高めるため、行列のできる人気レストランの支店を本社オフィス内に誘致したという。日本でも、レイアウトや共用施設、ICT(情報通信技術)などの工夫で、ワーカー同士のコミュニケーション向上に取り組むリアルオフィスが増えているのはうれしいことだ。


 
  1987年に制定されたリゾート法では、リゾートは「国民が多様な余暇活動を楽しめる場」と定義されている。

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