コラム
2013年01月31日

狼少年と国債金利上昇

石川 達哉

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日本の財政状況を考えれば、国債金利(国債利回り)はいつ上昇しても不思議ではない…と言われるようになったのは、いつ頃からだろう。財政再建の必要性を強く訴える際の〝前フリ″として言われてきたことだが、巨額の財政赤字、経済規模比で見ても上昇を続ける政府債務残高は、もはや、日常になりつつある。それでも、幸いにして、日本の国債利回りは低位安定を続けている。

一方、国の2013年度一般会計予算案においては、国債費は22.2兆円、歳出総額の24%を占めており、このうちの45%が利払いによるものである。普通国債残高は2012年度末には713兆円に達する見込みであるから、利払い費に係る実効金利がもしも5%だったら、92.6兆円の総予算の下では、その38%が35.7兆円の利払い費で使われることになる。国債費以外の歳出を現実の予算案と同額に設定するならば、国債発行額は71.2兆円、予算規模も118.4兆円に達することだろう。そのような状況には至っていないが、低金利が続いてきたにもかかわらず、増大する国債費が予算編成における自由度を低下させているのは紛れもない事実である。1月20日に実施された大学入試センター試験の現代社会の問題においても、財政硬直化という観点から国債費の割合についての理解を試す設問があったが、このような現実に対する認識を基礎的な素養として、次代を担う若者に求めなければならないのは、まことに不幸というより他はない。

救いがあるとすれば、日本の国債は90%以上が国内で保有されていることである。「国債は国民全体にとっての負債であると同時に、保有している人にとっては資産でもある」という言い方では真実の一面しか示せないと思うが、償還時に多額の資金が国外へと流出する事態にはならないこと、そのことで生産設備に回るはずの資金、経済成長のための資金が減ってしまう事態を避けられることは確かであろう。

他方、海外の投資家が日本国債に求めるプレミアムは、先進国の中ではGIIPS諸国の国債に次いで高いグループに属するという分析iiもあるほどで、例えば、ソブリンCDSスプレッドは、ピーク時には150ベーシスポイント(1.5%ポイント)に達したこともある。海外におけるこうしたプレミアムの上昇が日本国内における国債利回りの上昇へと波及していない理由は、前述のとおり、日本国債が国内の投資家によって安定的に保有されているところが大きいだろう。

マクロ経済の構造から考えると、日本がフローの面では資本輸出国、ストックの面では大きな対外純資産を保有していることは、国内投資家による安定的な国債保有を支える重要な要因として働いていると見られる。しかし、実際に先進各国のデータと照合すると、対外純資産が多い国ほど国債の国内保有割合が高いという単純な関係が観察されるわけではない。


OECD諸国における対外純資産残高の名目GDP比と国債の国内保有割合の関係(2011年)


資金をどのような種類の資産で保有するのかという投資家の決定には様々な要因が働いているはずであり、結局のところ、リスクとリターンとを天秤にかけて、割に合わないと判断されていれば、現在の利回りにとどまってはいないとしか言えない。そう考えると、日本国債に対する国内投資家は、現在の政府、あるいは将来の政府の財政運営に対して、最低限の信頼感は失っていないという言い方もできるだろう。カタストロフィックな事態が起きる前に、それを回避する改革がなされることを投資家が否定的に見ているのならば、国債利回りは、とうに上昇しているはずである。逆に言えば、そうした信頼がいつまでも続くかどうかは、今後の政府の行動と、究極的には、政府を律するわれわれ国民自身の選択にかかっているはずである。

これまでのところ、警告に反して、国債金利上昇は実現しないで済んでいる。物価上昇率目標の導入という大きな変革がなされた今、財政規律の維持は従来に増して重要になっている。財政再建が行われる、財政構造改革が行われるという期待が裏切られれば、あるいは、国民自身がそうした選択に背を向ければ、本当に警告の通りになってしまうであろう。その意味で、狼少年はわれわれ自身の中に潜んでいると言うべきである。




 
  国債利回りが急上昇しても、変動利付債でない限り、既存国債に係る利払いは変化しない。ここでは、既存国債の利率が最初からもっと高い水準であった場合を仮想している。
ii  例えば、「平成24年版経済財政白書」第3章を参照。
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石川 達哉

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