コラム
2013年01月11日

低利回りに苦しむ世界の年金-日本の経験が注目を集めている

金融研究部 取締役 研究理事 兼 年金総合リサーチセンター長 兼 ESG推進室長 德島 勝幸

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欧州ソブリン危機が顕著になって以降、各国の中央銀行が積極的な金融緩和策を導入したため、米独の国債金利は大きく低下した。その他にも、欧州の財政状況の良い国では、短期の国債金利がマイナスとなる例も見られている。従来の金融理論の前提では、名目ベースでのマイナス金利はありえないとするのが一般的であった。金融工学的に金利推移の分布をモデル化する際には、単純な正規分布ではなく、対数分布などを使って金利が負値を取らないようにしたものであったが、実際にマイナス金利が発生してしまったのである。従来の金融理論では、金利の実勢を十分に説明しきれていない。金融理論の研究者は、過去の理論で置いていた様々な前提を見直し、全体を再構築する必要があることを痛感している。

先進諸国の金利水準が軒並み低下しているだけでなく、多くの国では先行きの経済成長に疑問符が付されている。日本では東日本大震災の復興需要が一服し、次の有力な成長ドライブが見当たらない状況にある。米国も「財政の崖」に代表される債務上限問題が根本的な解決に至らず、企業収益の低迷が懸念されている。欧州は、ソブリン危機が大量の資金投入・資産の買入れによって押さえ込まれ小康状態となっているものの、根本的な解決を見ていないことから、早々に再燃することは必至であろう。特に、スペインのカタルーニャ州の独立懸念は、レコンキスタの終焉した時代から継続してきたスペインという国の姿を変質させるかもしれない。昨秋の欧州出張でヒアリングした際には、もっとも豊かな州であるカタルーニャの分離独立運動に対しては軍部が静観するはずもなく、リスクシナリオとして、かつてのフランコ時代のような軍政回帰すら視野に入れておかなければならないのではないかといった意見すら聞かれたのである。

中国やロシアといったエマージングを代表する国々でも、不動産バブルの崩壊や人口の急速な高齢化に伴う社会構造の不安定化によって、成長性の減退が見られる。日本や韓国の戦後の歴史を振り返ってもわかるように、それまで急速な成長を遂げた経済は、成長率水準が低下する際に、様々な軋轢を生じることとなる。発展過程で放置されてきた成長基盤の脆弱な箇所に隠れる矛盾は、顕在化した途端に、国の経済全体をも不安定化させかねない。日本では、東京オリンピックの後の証券不況が一つの例であるし、その後は、世界的な石油ショックに巻き込まれて経済構造が大きく変質した。韓国では、弱い国内市場を捨てて輸出主導型の経済成長を取ったが、一旦、アジア通貨危機によって崩壊してIMFによる強力な監督を受けるまでに至り、従来の社会構造が大きく変質したのである。

年金や雇用といった人的資源に関連する問題を取扱う Ius Laboris という世界的な弁護士事務所連合が、世界の年金が直面するリスクについて39の国でアンケート調査iiを実施している。その結果を見ると、上位5つのリスクとしては、(1)低水準の運用利回り、(2)平均余命の長期化、(3)年金プランの積立不足、(4)米国PBGCに見られるような年金保証制度の欠如、(5)母体企業・組織の拠出不足ないし不能が挙げられている。年金の積立不足は、運用の低迷と社会の高齢化による影響であると考えられるから、今や世界的に、この二つが重要な課題となっていることが改めてわかる。

日本の年金・保険会社等の運用機関は、バブル経済の崩壊以降、低金利と株価低迷・円高から生じた低利回り環境と苦闘してきた。こうした日本の運用機関の取組みに対して、近年、世界的な注目が集まるようになっている。日本経済・社会のように停滞してはならないという危機意識が各国にあるのと同時に、それぞれの運用機関からは、厳しい環境下で日本の運用機関がどのように取組んで生き残ってきたか知りたいとして注目されているのである。日本の運用機関に生き残りを可能とした要素は複数あるが、年金の積立不足に対する分割償却や母体企業からの拠出投入等は、これからの日本でも、また、他の多くの国々でも期待し難くなっている。アベノミクスによって、厳しい運用環境に劇的な改善が図られると期待する投資家は少ないだろう。海外から注目を浴びる日本の運用機関は、今一度、自らの生き残りの方策を、真剣に考える必要があるだろう。


 
  対象国は、欧米亜等5つの大陸に跨っているが、必ずしもすべての先進国が含まれているものではない。アジアでは、中国やインドを含むものの、日韓は含まれていない。

 ii Ius Laboris, “Global Risk Survey - Notes and Observations” 2012
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金融研究部   取締役 研究理事 兼 年金総合リサーチセンター長 兼 ESG推進室長

德島 勝幸 (とくしま かつゆき)

研究・専門分野
債券・クレジット・ALM

経歴
  • 【職歴】
     ・1986年 日本生命保険相互会社入社
     ・1991年 ペンシルバニア大学ウォートンスクールMBA
     ・2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社に出向
     ・2008年 ニッセイ基礎研究所へ
     ・2021年より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員
     ・日本ファイナンス学会
     ・証券経済学会
     ・日本金融学会
     ・日本経営財務研究学会

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