コラム
2012年11月27日

増え続ける生活保護受給者に対する対策は?― 韓国の「社会福祉統合管理網」は参考になるのか!―

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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日本の生活保護の受給者数が継続的に増加している。厚生労働省の発表によると、2012年8月時点で生活保護を受給している人は213万1,011人で、前月より6,342人増えて過去最多を更新した。受給者世帯数も同5,230世帯増の155万5,003世帯で、これまでで最も多くなった。2012年度の生活保護費の予算は3.7兆円であるが、景気の先行きが不透明である中で、高齢化の進展やワーキングプアの増加等の要因により受給者数はさらに増加し、国の財政をより圧迫することが予想されている。さらに不正受給の問題も絶えず発生している。

日本が生活保護受給者の増加や不正受給の問題で頭を抱えている中で、最近の韓国では、生活保護の受給者数が減少しており注目される。韓国では日本の生活保護制度に当たる国民基礎生活保護制度を実施しており、2001年に142万人だった受給者数は2009年に157万人で頂点に至った後、2010年には155万人に減ったのに続き、2011年には147万人まで減少した。なぜ日本とは逆の現象が起きているのだろうか。読者の中には、韓国政府のビジネスフレンドリー政策を背負ったサムスン電子や現代自動車等の大手企業の躍進や雇用創出が、受給者数の減少に影響を与えているのではないかと考える方がいるかも知れないが、答えは「ノー」である。実際、大手企業の雇用創出効果は企業利益の拡大を大きく下回っており、政府の大手企業優遇策は野党や市民団体から非難の標的になっているのが現実である。

韓国で国民基礎生活保護制度の受給者数減少に最も影響を与えた要因としては、2010年から実施された「社会福祉統合管理網」が挙げられる。「社会福祉統合管理網」の実施により、国税庁、雇用労働部、健康保険公団等27機関の215種類の所得及び財産関連情報や人的事項、120種類の福祉サービスに関する履歴が部署間で共有可能になった。すなわち、個人が金融機関に預けておいた預貯金や、政府からもらう年金などの公的給付、そして扶養義務者(1親等直系血族とその配偶者)の行方や所得が把握されたことにより、受給者数の減少に繋がることになった。しかし現状は問題点がないわけではない。「社会福祉統合管理網」の実施により何十年も連絡を取っていない親を扶養する義務が生じたり、扶養義務者の存在が把握されたことにより、今まで維持されてきた受給権が剥奪されたり受給金額が削減されるケースが続出することになった。事態は受給権が剥奪され生活費や医療費を賄うことができなくなった高齢者の自殺にまで繋がり、扶養義務者基準の全面改正や廃止が継続的に要求されている。

では、このような韓国の「社会福祉統合管理網」から日本が参考にすべき点は何だろうか。筆者は「社会福祉統合管理網」の実施による「所得の把握や連携の強化」という点に注目したい。すでに言及した通りに扶養義務者基準はまだ改正すべきところが多いが、「社会福祉統合管理網」を実施することで個人の所得捕捉率は以前と比べて高くなった。韓国では北朝鮮からの不法入国者の排除の問題もあり、インターネットが普及される前の1968年から、個人を識別するIDとして住民登録番号がすべての国民に付与されている。

日本でも最近「社会保障・税番号制度」に対する議論が続いており、日本政府も制度の導入を前向きな姿勢で検討している。今後韓国における住民登録番号の活用や「社会福祉統合管理網」による所得の把握や部署間の連携過程を検討することは、日本の生活保護受給者の増加や不正受給の問題を解決するための大きな参考になると考えられる。類似な制度を実施している両国がお互いの制度をベンチマーキングし合い制度を改正することは、景気の低迷が続き予算の確保が厳しい両国において有意であることは確かである。

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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
労働経済学、社会保障論、日・韓における社会政策や経済の比較分析

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~  日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

(2012年11月27日「研究員の眼」)

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