コラム
2012年10月09日

「あそび」失った社会-「忙しい」は“心”亡くすこと

社会研究部 主任研究員   土堤内 昭雄

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「あそび」はとても重要だ。ここでいう「あそび」とは『ゆとり、余裕のこと』だが、最近では社会の中の「あそび」が失われているように思えてならない。例えば、電車の中でちょっとしたことに腹を立て、駅員などに暴力を振るう事件が増加している。それも分別あると思われる中高年が多いという。これなども様々な社会的ストレスから、心の余裕「あそび」が奪われた結果ではないだろうか。

「あそび」を失っているのは会社も同じだ。近年、経済効率性の観点から従業員に直接的な成果を求め過ぎたために、彼らのモラルややりがいが低下し、結果的に全体のパフォーマンスを最大化できない会社も多い。その背景には同僚の相談に乗ったり部下の指導をするなど、会社にとっては一見非効率でムダとも思える「あそび」の欠如があるのではないだろうか。

また、家庭も例外ではない。少子高齢化が進み、仕事と子育て・介護の両立が重要になっている。しかし、それらは効率性という観点だけで対応できるものではない。「あそび」という心の余裕をなくした家庭では、家族による子どもや高齢者の虐待が発生している。このように社会、会社、家庭から「あそび」が失われつつあるのである。

車にはハンドルやブレーキに「あそび」が設けてある。急激にそれらを操作しても、いきなり車が方向を変えたり急停止したりしないためだ。つまり「あそび」が自動車という機械と運転する人間とのインターフェースになり、車の安全性を高めているのだ。効率性を最優先してゆとりをまったく排除した「あそび」を失った社会は、急ブレーキ・急ハンドルの自動車のように危険極まりないものになってしまうのである。

今日の社会の中心にいるビジネスパーソンの多くは、ビジネスの語源が“Busy”に通じるように、とても忙しい。ITが発達して、これまで数日かかった仕事もずっと効率的にできるようになったはずなのに、彼らは相変わらず“Busy”だ。“Busy”は「忙しい」であり、漢字で「心を亡くす」と書く。つまりビジネスパーソンとは日本語で「心のゆとりを亡くした人」ということになるのだ。

ビジネスパーソンが「あそび」を取り戻すにはどうすればよいだろう。それには家庭や地域に自らの居場所をつくり、「職業生活」と「家庭生活」、「地域生活」のバランスを図ることが重要だろう。そして調和のとれた暮らしの中で「幸せになる働き方」を目指すことが、「あそび」のある社会を創ることになる。おとなも子どもも「あそび」を失った社会とは、“心”亡くす社会かもしれない。


 

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社会研究部   主任研究員

土堤内 昭雄 (どてうち あきお)

研究・専門分野
少子高齢化・家族、市民社会・NPO、都市・地域計画

(2012年10月09日「研究員の眼」)

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