コラム
2012年07月18日

投資パフォーマンスの決定要因-教育投資の効用、人材の判別方法への疑問

  遅澤 秀一

文字サイズ

ある時、パン屋で440円の買い物をして500円玉と40円を出したことがあった。するとレジを打っている高校生のアルバイトと思しき女の子が「440円ですから40円はいりません」と言い出したのだ。さすがにそれを聞いた隣のレジを担当していた中年女性が「あなたねぇ、440円に対して540円出すのは、お釣りを100円玉で欲しいということなのよ」と彼女に説明してくれた。日本では昔から「読み・書き・算盤」と言われてきたし、日本に限らず先進国ではどこでも言語運用力・計数能力はどんな仕事にも必須のリテラシーと見なされてきた。しかし日本では、基礎的能力を養う教育に問題が生じてきているのかもしれない。

その背景には、機械化・コンピュータ化・マニュアル化が進み、高度な知識と判断を求められる業務と単純作業とに仕事が分化してきていることがある。従来ならば人間がやっていた仕事はパソコンで代替されるようになったため、特段の知識や能力が要求されなくなってきたことが大きい。だがその一方で、専門的な仕事に携わる人材にはより高度な専門知識と判断力が求められるようになった。その結果、専門的な職業に就くためには関連する高度な教育が必要になってきたというのが共通認識だろう。たとえば、ファンド・マネジャーとしてやっていくには、経済、金融、財務等に関する知識が不可欠であり、専門的な教育や資格が重要だと一般に思われている。

だが本当にそうなのであろうか。逆に言えば、教育や資格がファンド・マネジャーの優秀さにとってどれほど意味を持つのだろうか。こんなことが本当にわかるのかと思われる方も多いだろうが、米国の実証ファイナンス研究の層は厚い。ファンド・マネジャーの運用パフォーマンスを彼らの属性(学歴、資格、年齢、経験年数等)で説明すべく、多くの実証分析が行われているのだ。だがその結果は、ある意味では意外なものであった。大学応募時に提出を求められるSAT(Scholastic Assessment Test、大学進学適性試験、Critical Reading、Writing、Mathから成る)の高いスコアが必要な大学の出身者の方が、運用パフォーマンスが良いという結果が得られた一方で、MBAやCFA(米国証券アナリスト)と運用パフォーマンスとの関連性は確認できなかったのである。つまり、基礎的能力との関係は認められたが、専門教育や資格との相関関係は明らかではないということである。資産運用とは情報を収集・分析して意思決定を下す連続的プロセスであるから、言語運用力・計数能力・論理的分析力のような基本的な知的能力と運用パフォーマンスとの間に関係があるとしても何の不思議もない。問題なのは、業務により近いと考えられる専門教育や資格と運用パフォーマンスとの間に明確な関係が見られなかったことである。

ロナルド・ドーア著『学歴社会 新しい文明病』では、元来,徒弟制度として行われていた職業教育が学校教育に取って代わられ、学歴がインフレ化していくプロセスが分析されている。学歴が専門職の必要条件となってきたわけだ。労働経済学の教科書では、高等教育の価値を人的資本論とシグナリング理論で説明しているが、これは高等教育が能力を涵養し人材としての価値を高めるのに貢献するのか、それとも教育そのものが価値を高めるのではなく優秀であることを示すシグナルとして機能するのかということである。SATのスコアと運用パフォーマンスとの相関関係だけでは、大学教育が貢献したのかもともと優れた人材が集まったに過ぎないのかを判別できない。だが、他の実証分析結果を合わせて考えると、ファンド・マネジャーの場合直截的に言えば「読み・書き・計算」能力の方が運用パフォーマンスに影響しているようなのである。

昔から日本の大学は入学時に偏差値で輪切りする機能しかなく、大学教育自体の効果があるのか疑わしいと言われていたが、米国の高等教育も実は五十歩百歩なのかもしれない。というよりも、教育が高度化すればするほど実社会の仕事と乖離する部分が多くなるので、教育が実務における優秀さを予測する尺度として機能する度合いも低下するのだろう。ではどのような基準で企業は人材を採用すべきなのだろうか。

マイクロソフトやグーグルのように世界中から優秀な人材を集めている米国企業では、面接でパズルのような質問を投げかけ、「地頭」の良い人間を集めようとしていると聞く。一方日本では、適性試験を入社前(場合によってはインターネットでエントリーする際に)実施していながら、あまり重視していないようだ。「コミュニケーション能力」重視の名目で、要するに、先輩社員と馬が合うかどうかが物を言う採用方式が取られている。グローバル人材を求めるなどと言いながら、せいぜいよくて英語力を要求するだけでは、そもそも採用基準がグローバルとは言えないのではないか。

なお、ここで言及した実証研究の出所に関しては拙稿『パフォーマンス評価 評価基準は常識なのか迷信なのか』(http://www.nli-research.co.jp/report/nlri_report/2012/report120531-2.html)の参考文献をご参照ください。

このレポートの関連カテゴリ

遅澤 秀一

研究・専門分野

(2012年07月18日「研究員の眼」)

レポート

アクセスランキング

【投資パフォーマンスの決定要因-教育投資の効用、人材の判別方法への疑問】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

投資パフォーマンスの決定要因-教育投資の効用、人材の判別方法への疑問のレポート Topへ