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- 認知症の人の意思決定における「次元」-「今後の認知症施策の方向性」に寄せて(2)
世界保健機構(WHO)は今年4月、認知症に関する初の報告書の中で、地球全体の高齢化に伴い、2050年には全人類の100人に1人が認知症になるという予測を発表した。認知症対策は、まさに世界規模で取り組むべき課題となっており、わが国においても、認知症高齢者に対する医療や介護の在り方についての議論が様々に行われている。特に「QOLの維持・向上」という点で、「本人の意思決定の尊重」という視点は欠かせない。
わが国においては、日本老年医学会が今年1月下旬に、認知症の人を含めた高齢者の終末期の医療とケアにおいて、胃に管で直接栄養を送ったり(胃ろう)、人工呼吸器を装着するといった「何らかの治療が、患者本人の尊厳を損なったり苦痛を増大させたりする可能性があるときには、治療の差し控えや治療からの撤退も選択肢として考慮する必要がある」との立場を発表、6月27日には指針を発表した。また、厚生労働省認知症対策施策検討プロジェクトチームは「今後の認知症施策の方向性について」と題した報告書の中で、「『認知症になっても本人の意思が尊重され、できる限り住み慣れた地域のよい環境で暮らし続けることができる社会』の実現」をめざすと記している。こうした「認知症の人の意思決定を尊重し、尊厳を守ろう」といった意見はこれまで繰り返し言われていることではあるが、それでは「意思決定」とは何についての決定であろうか。
高齢者のQOLについて、多角的な視点から取り組んだ「Growing Older Programme」を実施したイギリスでは、判断能力が不十分な状態にあってもできる限り自己決定を実行できるような枠組み構築に向け、「意思決定能力」に関する法律(「Mental Capacity Act 2005(以下「意思決定能力法」)を制定、2007年より施行している。意思決定能力法にある基本原則は以下の5つである。
この1~3の基本原則からわかるように、イギリスでは本人に意思決定能力がないと法的に判断することに対して極めて慎重であり、「本人が決定できない部分に限り、後見人が支援する」というスタンスを取っている。
それでは、「意思決定が必要な場面」とはどのような状況であろうか。福祉の現場で「意思決定(自己決定)の尊重」という言葉が使われる際には、医療処置(人工呼吸器をつけるか、経管栄養を行うか等)や財産(金銭管理等)、終末期のケア(延命処置を行うか否か等)といった、本人の生命や財産に影響を与えたり、法律行為が絡む「重大な決定」から、今日着る服やアクティビティに参加するか否かといった「日々の決定」など、様々な次元がある。例えば栄養摂取についてみても、点滴の取り外し(命に関わる重大な決定)から夕飯のメニューを決めること(日々の決定)まで幅広い次元の決定が存在するのである(下図参照)。
イギリスでは意思決定能力法により、命に関わる決定から日々の決定に至る様々な次元において、そこに「決定する」という要素が含まれている以上、本人に決定能力があるか否かを見極め、能力がある場合には本人の意思決定を尊重し、能力がないと判断された場合のみ、後見人(日々のケアであれば介護者を含む)が支援する。現在わが国では成年後見人制度により、財産管理などの法律行為に関する整備は進んでおり、また、日々のケアについては家族や介護職が本人の好みを取り入れる等の工夫を行っている。しかし、例えばどこに住むのか、誰と住むのか、どういった部屋に住むのかといった、「法律行為や命が絡む重大な決定」と「日々の決定」の中間にある意思決定については、本人の意向の確認があいまいなまま進められているのではないだろうか。
「認知症の人の意思決定の尊重」のためには、法律行為や日々の決定のみでなく、中間の次元に位置する決定においても、本人の意思を尊重するという作業が必要なはずであるし、現場の経験からすると、むしろその「中間の次元」における決定が、命に関わる重大な決定や日々の決定の土台と成っている感がある。今後益々認知症の人が増えることを考えると、イギリスにおける意思決定能力法のように、認知症の人に関わる様々な次元の意思決定をサポートする法整備や体制作りが早急に求められるだろう。
菅富美枝「自己決定を支援する法制度 支援者を支援する法制度―イギリス2005年意思決定能力法からの示唆」法政大学大原社会問題研究所雑誌、No.622、pp33-49、2010年
進藤 由美
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(2012年07月11日「研究員の眼」)
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