コラム
2012年07月09日

日本の失われた20年~正しい不満は何か?~

経済研究部 専務理事   櫨(はじ) 浩一

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1.20年は失われたのか?

1990年代初めにバブル景気が崩壊して以来、日本経済は低迷が続いており、「失われた20年」と呼ばれるまでになっている。確かに、現在の日本経済にかつての躍動感はなく、我々はこれまで考えてもみなかったような困難に直面している。しかし、現状を悲観的に見過ぎているのではないかと思われる点も多い。
   少しずつ変わっているので毎日見ている我々は気が付かないが、東京の街並みはこの20年間で大きく変化した。国際機関に就職した知人が十数年ぶりに帰国し、町の変わりようを見て、まるで自分が浦島太郎になったかのような気分だと言っていた。バブル崩壊後20年も経済成長が低迷しているという数字だけを見てきた知人は、日本がどんなにひどい社会になってしまったのかと心配していたらしいが、街は昔以上にきれいで、とても賑やかだと驚いていた。


2.驚くべき変化

最近、満員電車の中で新聞を折りたたんで読む人の姿を見ることは少なくなった。代わりに増えているのは、スマートフォンで新聞を読む人達である。20年前は、待ち合わせ場所に相手が現れずに、連絡が取れなくて困るなどということもしばしばだったが、今はそんな心配もない。携帯で地図を調べられるので、交番で道を聞く人が減ったという話をネットで読んだ。我々の生活は驚くべき速度で変化しており、便利になっている。
   20年前には既にカラーテレビの普及率は99%に達していて、乗用車の普及率も80%もあった。携帯電話が急速に普及したのは1990年代半ばだったと記憶している。我々の生活を大きく変えた例として示した携帯電話も、2002年には普及率はもう80%以上に達していた。その後の我々の生活を変えたのは、携帯電話の台数の増加ではなく、携帯電話でできることの変化だ。
   単なる通話ができる道具は、メールをする装置になり、写真を撮れる機能が追加され、インターネットに繋がって、テレビを見られて本も読める、お金の支払もできる、驚くべき多機能な装置に変身してきたのだ。

普及率の推移


3.正しい不満の中身

「今幸福か」「今の生活に満足しているか」と日本人に尋ねると、他の国の人たちに比べて、「幸福でない」とか「不満だ」と答える人が多い。これを日本人は他の国の人たちに比べて不幸だと問題視する意見も多いが、筆者は日本人の向上心の現れであり、必ずしも悪いことではないと考える。現状に満足してしまえば、もっと良くなりたい、もっと良くなれるはずだという向上心は無くなってしまう。現状に対する不満こそが、進歩のエネルギー源だからだ。
   しかし正しい不満を持たないと、鬱屈するだけで進歩にはつながらない。この20年間が失われた時代だという現状認識は、日本経済が直面している課題を見誤らせる恐れがある。日本人にはもう欲しいモノがないという人がいたり、日本経済が拡大しなくなったという人がいたりするのは、日本経済が量的拡大の時期を終えたにも関わらず、昔と同じような発展を期待するからだ。
   日本経済はもっと発展することが可能なのに、持てる力を十分発揮できていないのは確かだ。しかし、日本経済はもっと高い水準の経済活動が可能だという意味は、もっと大量にモノを作ることができるということではなく、もっと高度なものを生み出して、人々に提供できるはずだという意味である。
   日本経済が目指すべきは質の向上や変化であり、発展の形は量の拡大から質の改善に変わっている。かつてのように活力のある日本経済を取り戻すには、単に時計の針を逆に回して昔成功した様にすれば良いというものではなく、これまでとは違った戦略が必要なのだということを認識することが、日本経済復活の第一歩である。

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経済研究部   専務理事

櫨(はじ) 浩一 (はじ こういち)

研究・専門分野
マクロ経済・経済政策

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