コラム
2012年05月31日

女性を中心に増加している脱北者の現況や定着への課題!

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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1993年に8人に過ぎなかった韓国に入国した脱北者数は1999年以降急速に増加し始め2002年には年間1,000人規模に、2006年には年間2000人規模まで増加し、2012年4月時点で累計数は23,568人に達した(2009年2,914人がピーク)。始めは軍人中心の構成だったが、近年は留学生、外交官、貿易従事者、高級官僚など多様化してきている。脱北の経路も過去の38度線付近や海上中心から第3国(中国やロシア)を経由した入国が90%以上になっている。

脱北者増加の背景は北朝鮮と国境を接している中国やロシアの社会主義体系の変化により経済状況が急変したことや韓中、韓露関係が発展したことにあった。さらに、95年以降続いた北朝鮮での自然災害は食糧供給をさらに悪化させ、飢餓者が続出することになり、食糧や自由を求め、命がけで脱北の道を選択する人々が増えることになった。ある調査 によると脱北の最も大きな理由は「食糧不足と経済難(50.7%)」で、次が「自由を求めて(31.2%)」、「北朝鮮の体制が嫌で(26.2%)」の順であった。

特に最近は、女性脱北者の増加が目立っている。98年には全脱北者の12%に過ぎなかった女性の割合が急上昇し、2007年には78%とはるかに男性より多くなった。これは食糧などを求めて中国などに行った女性が北朝鮮の現実を分かり、そのまま帰らないケースが増加しているなど女性の方が職場に拘束されている男性より移動の自由度が高いからであると言われている。また、男性より女性が就職しやすいことや若い女性の未来に対する挑戦意識が高いのが理由であるという分析結果も出ている。

では、脱北者は夢に描いた韓国での生活に満足し、問題なく定着しているだろうか。北朝鮮を脱出して韓国に入った人々は脱北者定着支援事務所である「ハナウォン」で一定の教育を受けた後に韓国の国籍を取得できる。韓国政府は脱北者の定着を支援するために様々な支援(初期定着金支援金をはじめ、就業支援、教育支援、社会保障支援、居住地保護等)を実施し、最近では地方自治体やNPO団体も脱北者に対する支援活動を行っている。

また、2005年からは脱北者に対する否定的なイメージを改善し、肯定的・未来志向的イメージを与える目的で、「新しい場所で生活を始める人」という意味の「セトミン」という言葉を使い始めている。このように脱北者に関する関心度は以前より高くなってきたが、まだ韓国社会へ定着することができていない脱北者は少なくない。

「北韓離脱住民支援財団」が2011年に脱北者8,299人(男性 2,258人, 女性 6041人)を対象に実施した調査結果によると脱北者の労働力率と雇用率はそれぞれ56.5%と49.7%で全国民平均61.0%と58.7%より低かった。一方、失業率は 12.1%(男性10.6%、女性12.8%)で一般国民の失業率3.7%より8.4ポイントも高いことが分かった。このように労働市場で脱北者が苦労している理由としては「機能や仕事のミスマッチ」や「脱北者に対する差別や無視」が考えられる。定着過程の大変さについて聞いた調査によると、脱北者が感じる最も大変な点は「経済的混乱(39.1%)」であり、次が「文化的異質感(14.3%)」、「就業混乱(13.6%)」、「韓国人の無視や偏見(11.3%)」であった。それ以外にも「故郷への懐かしさ」、「北朝鮮に残っている家族に対する心配や罪の意識」、「社会的地位の下落に対する劣等感」、が彼らを苦しめているだろうと推察される。

脱北者は今後も発生していくであろうが、脱北者が韓国社会に溶け込むような政策を実施することが何より大事である。命をかけてまで脱北をした彼らが、それを後悔せず、同じ屋根の下で韓国人として生活できるようにするためには政府のみならず、社会や国民の関心が必要である。脱北者の前に立ちはだかる社会的偏見や無関心という壁を倒し、更には統一への準備を一歩ずつ進めるべきであると考える。脱北者問題の柔軟な解決や南北統一が日本を含めた東アジア全体の平和にもつながることを願うところである。


韓国に入国する脱北者の動向


 
北韓離脱住民支援財団(2011)「北韓離脱住民(成人)における北朝鮮滞在時の学歴及脱北の動機」

全脱北者のうち、20代は27%、30代は31%を占めている
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
労働経済学、社会保障論、日・韓における社会政策や経済の比較分析

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~  日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

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