コラム
2012年05月30日

ヒューブナー博士と生命価値説

明田 裕

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生命保険事業や生命保険思想の発展に貢献した先達は多いが、米国でまず名前が挙がるのはヒューブナー博士( Solomon S. Huebner、 1882~1964 )であろう。博士の教えは日本の生命保険事業の発展にも大きく寄与し、博士自身も1927年と1958年の2回にわたり来日された。1989年に刊行された『ニッセイ100年史』は百年を百余の項目で語る構成となっているが、この1958年の来日に1項目を割き、来日時の模様などを叙述した上で、「わが国の保険事業にとって忘れられない大恩人といえるでしょう」と結んでいる。

博士は、その著書『生命保険経済学』の中で、「生命保険は生命価値(人間生命の経済的価値)の喪失や減少に備えるもの」と定義する。住宅などの財産が火災や地震などによって破壊される危険があるのと同様に、人間の「働いて収入を得る能力」も常に喪失の危険にさらされている、と説くのである。これは一般的な生命保険の定義とは少し異なるが、生命保険の本質を言い当てたものであり、少なくとも筆者にとっては分かりやすい説明である。

博士は、生命価値は4つの重大な危険、(1)早期死亡、(2)長期就労不能、(3)病気やけが、(4)定年退職にさらされていると説く。(4)の定年退職が生命価値の喪失(博士は「経済的死亡」と称する)にあたるとするのはやや強引で、ここは老後の生活費の必要性をいうのが自然だと感じるが、それはともかく、これらをわが国の社会保険にあてはめれば、(1)は遺族年金、(2)は障害年金、(3)は健保の傷病手当金、(4)は老齢年金がそれぞれそのリスクをカバーしている。

わが国の民間生命保険事業は、こうした社会保険制度を補完しつつ、世界でもあまり例を見ない発展を遂げてきたわけだが、唯一、(2)の長期就労不能の領域については、取組みが遅れているように感じられる。医療技術の進歩によって死亡率の改善が続く一方、重い障害を抱えつつ生き続けるリスクは高まっているし、増加を続ける非婚者にとっても働けなくなって収入が絶たれるリスクは深刻だ。

確かに、この領域は給付の判断が難しいし、基礎率の設計も難題といえる。しかし、消費者の(潜在的な)ニーズがあることは間違いないし、生命保険会社にとっても、普及の進んだ死亡保険や入院保険に代わるフロンティアになりうる可能性がある。この長期就労不能リスクへの生保各社の取組みが進むことを期待したい。

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