コラム
2012年04月27日

転ばぬ先の杖

取締役 前田 俊之

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2010年12月に初版が店頭にならんだ「津波災害-減災社会を築く」(河田惠昭著・岩波新書)をご覧になった方は多いと思う。説明するまでもないが、我々が東日本大震災で目の当たりにした津波の被害の恐ろしさを正確に分析している。今新たに読み返してみても学ぶことの多い本である。

例えば、高潮と津波の違いの説明はこうだ。高潮は台風などの強風により海面付近の海水が風下方向に運ばれて発生する。それが防波堤や護岸のところへ来ると、その海水の動きがせき止められる形となり、海面が盛り上がる。ただ、この場合は水面が単純に盛り上がるだけなので、高さ5メートルの高潮に対して、同じく5メートルの防波堤や護岸でかなり防御できるという。

これに対して、津波の場合は水面から海底までの水の塊りが一気に数百メートル横に動く。この点が高潮と大きく異なるという。この横に動いた水の塊りが防波堤などにぶつかると、それまで水平運動をしていた水の粒子が前に進めなくなり、行き場のなくなったそのエネルギーが津波の高さを一気に高める力となってゆく。この結果、例えば5メートルの津波であれば、7.5メートルぐらいに達する計算になるそうだ。

同書の中での指摘はこうした津波の仕組みだけでなく、波長の長い津波が短い津波を追い抜いてゆくこと(これによって第一波が最高波とは限らなくなる)や岬にあたった津波がどう変化していくか(レンズの屈折に似た現象)も説明している。そして、いざと言う時には「自分の命は自分で守る」ための訓練の大切さを説いている。このように、東日本大震災が起こる以前から、津波に対する備えについて専門家は警鐘を鳴らしていたわけだ。しかし、残念ながらこうした声に対して我々一般市民の関心は低かった。

我々は往々にして、頭では分かっていてもなかなか行動に移らない。特にいつ起こるか予測ができないことについて、そうした傾向は著しくなる。最近のメディアをにぎわすテーマの中にはこうした「問題の先送り」に関係する内容が多いのは非常に気になる。

その典型が消費税問題であろう。いまさら説明するまでもなく、日本の財政事情は大変厳しいものがある。国債の残高が国民貯蓄総額の範囲であれば増税する必要はない、といったレベルの話ではあるまい。約90兆円の歳出の半分を国債で賄い、国内総生産に対する公的債務の比率が200%を超えることを放置できるはずもないことは、誰の目にも明らかである。仮に現在のような社会保障制度を前提にするのであれば、マイナンバーを始めとする所得捕捉のメカニズムも含めて、国民全体がより公平な方法で、多くの負担に協力をする必要があることは、多くの場で指摘された通りである。また、同時に経済成長を促進するために、これまでの財政支出の仕組みを見直し、より効果的な予算の使い方を検討することも当然のことだ。要するに当たり前のことをしっかりやってくれということだろう。

では、なぜ今の政治はこうした明白な課題を解決できないのか。政治家はとみると、与党は党内の勢力争い、そして政権奪回を目指す野党は、与野党間の駆け引きに忙しいようだ。一部には、この際国民の信を問えという意見もある。しかしその国民もどうだろうか。年金を始めとして、既得権を手放すことに消極的な層や税負担の増加に反対する層など、それぞれが自らの利益を守る行動に偏りやすい状況に陥っている。

そして、政治家はこうした自らの利益を守る層に受けの良い政策を連発する。まさに「問題先送り」のオンパレードとしか表現のしようがない状態ではないだろうか。ゆで蛙の例えのごとく、こうした問題の先送りによって、徐々に国力が衰えてゆくのなら、まだあきらめがつくのかもしれない。しかし、我々が住む国、この国土はそうした人間の営みとはまったく無関係に動いているらしい。

京都大学で火山学などを研究している鎌田浩毅教授によると『日本列島では「3.11」を契機に、大地が揺れ動く「巨大災害の世紀」が始まった』という。最近刊行した著書「次に来る自然災害-地震・噴火・異常気象」(鎌田浩毅著・PHP新書)の中で、同氏はこれから4つの災害が起きると警告している。その第一は東日本大震災の激しい余震活動。第二は陸域で起きる「直下型地震」。第三は活火山の噴火。そして第四に西日本の太平洋沿岸で起きる巨大地震。そしてこれらの災害には同期性と連動性がある点を指摘している。同書で氏が強調しているのは『「3.11」以降の日本人には、もはや「想定外」は許されません』、ということだ。

仮に首都圏直下型地震や、東海・東南海・南海地震が発生した場合、発生する経済的損失は100兆円単位になる可能性があるといわれている。昨年の東日本大震災の被害額が17兆円というのと比べて、いかに今後の被害額が大きいかということだ。こうした災害が発生することを視野に入れれば、財政面でも打つべき手も自ずと明らかになるのではないだろうか。まず必要なのは、転ばぬ先の杖だ。
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