コラム
2012年04月24日

退職資産の終身年金受け取りを推進する米国政府―DCプラン、IRAにおける長寿年金購入策を中心として

  小松原 章

文字サイズ

欧米諸国ではわが国同様に高齢化が進行し、公的年金財政が逼迫する中で民間部門の自助努力による退職後の資産形成充実に強い関心が寄せられている。
   ちなみに米国について見ると、戦後のベビーブーマー(米国では1946年から1964年生まれの者が該当)世代が本格的な退職期に移行しつつあることから、ここへきて退職後の生活資金を確保するための退職貯蓄増強に官民あげての対策が強化されつつある。
   ところで退職後の所得の基礎となる退職資産残高(Retirement Assets)について見ると、米国の投信団体である投資会社協会(ICI)の調べでは、2011年末現在、総額17.9兆ドル(1ドル82円換算で約1,470兆円)となっている。その内訳は、(1)公務員年金(Government Plan)4.5兆ドル、(2)民間確定給付プラン(Private DB Plan)2.4兆ドル、(3)確定拠出プラン(DC Plan、従業員が在職中に非課税の個人勘定で退職貯蓄を準備する制度で、具体的には401kプランが代表)4.5兆ドル、(4)IRA(個人退職勘定、従業員が在職中に非課税で投信等を購入し退職貯蓄を準備する制度)4.9兆ドル、(5)生保会社の年金資産(IRA、DCプラン等税制適格制度を除く資産)1.6兆ドルである。
   退職資産の内訳推移で最も顕著な特徴は、民間確定給付プランの占率低下(1980年の37.5%から2011年の13.3%)に対して、IRAおよびDCプランの占率大幅アップである(1980年のIRA2.5%およびDC19.5%から2011年の各27.2%および25.3%)。一般的に長寿の進行に対する退職者の生活資金の安定的確保という観点から見ると、確定給付プラン(公務員年金を含む)は事業主が所定の方式に基づき退職者に対して所定の終身年金支給を約束するという意味で、安定的な生活資金確保にとっては望ましい制度であるといわれている。
   これに対して、DCプランやIRAでは、各個人が在職時に非課税で掛け金を積み立て、運用リスクを負担しつつ退職時の積立金を形成する制度であるから、長寿による資金を確保するには積立金を元に生保会社から終身年金を購入しなければならない。しかしながら実際問題として個人による退職資産の終身年金化の動きは鈍く、一時金での引き出しが主流であるといわれている。このように終身年金が選択されない現象は、いわゆる「アニュイティ・パズル」として注目されている(北村智紀「アニュイティ・パズル〔終身年金パズル〕再考〔1〕」『年金ストラテジー』vol.189、March 2012参照)。
   そこで、本格的な高齢化社会への対応を図るために、このたび米国政府も主として税制面からの規制緩和を行い、退職資産の終身年金取り扱いを促進する措置を導入することとなった。すなわち、米国政府(税務当局)は、2012年2月に税制改正(規則等の改正・明確化)を通じ、個人による終身年金受け取りを促進する各種施策を明らかにした。これらのうちの代表的な施策がDCプラン、IRA等における長寿年金購入促進策である。
   すなわちここでいう長寿年金(longevity annuity)とは、超高齢時(たとえば、85歳)から終身年金が支給される個人年金で、これにより支給開始前(84歳まで)に他の個人資産を使い切ってもなお終身にわたって最低限の生活資金を確保することができる。つまり、退職時(65歳)に保険料一時払いの年金契約に加入し、年金支給を大幅に遅らせることにより、安価な保険料で長寿リスク(長寿による自己資産の食い潰し)に対処することが可能となる。
   ところが、従来DC、IRAにおいては、在職時の掛け金および積み立て期間中の運用収益が、将来の退職による引き出し時まで非課税のまま繰り延べられるという優遇措置が講じられていたものの、過度の繰り延べを抑止する観点から、70.5歳到達後は税制の要件に従って毎年必要額を引き出さなければならないこととされていた(当然課税対象となる)。このため、超高齢期(たとえば、85歳)に支給開始されるいわゆる長寿年金の購入が困難となっていた。そこで、今回の政府提案では、長寿年金購入に充当される部分については所定の額(上限10万ドル)まで、引き続き非課税繰り延べ可能とされ、長寿年金が購入しやすくなった。

このような政府の動きに対し、固有業務として終身年金事業を営む生保会社の業界団体(ACLI)は、今回の提案によって米国の勤労者が年金を活用して、生涯の所得保障を確保することができると評価しつつ、事業主も生保会社が提供するサービスを理解できるであろうと好意的な見解を表明している。長寿リスクを生保会社が負担するという年金事業者としてのリスクはあるものの、前向きに捉えている点が特徴的である。
   一方、生保会社と競合する業界には、退職者各人は、様々な生活環境におかれていることから、退職資産の管理においても各人の自主性に委ねるべきであるとし、政府が特定の手段(すなわち、終身年金)を奨励するような措置を促す動きを牽制する向きもある。
   いずれにせよ、今回政府が見せた終身年金受け取りの推進策は、長寿社会における退職所得のあり方に一石を投じたものと見ることができることから、米国における今後の論議の行方は、高齢化が進展するわが国においても参考になるものと考えられる。

このレポートの関連カテゴリ

小松原 章

研究・専門分野

レポート

アクセスランキング

【退職資産の終身年金受け取りを推進する米国政府―DCプラン、IRAにおける長寿年金購入策を中心として】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

退職資産の終身年金受け取りを推進する米国政府―DCプラン、IRAにおける長寿年金購入策を中心としてのレポート Topへ