2012年03月30日

「医師・看護師不足」について―超高齢社会における外国人看護師導入の予備考察として

  米澤 慶一

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■見出し

1――「医師不足、看護師不足」の現状
2――今後の検討上の展望と課題~結びに代えて

■introduction

2008年、日本とインドネシア並びにフィリピンとの間に交わされた経済連携協定(Economic Partnership Agreement: EPA)の批准に伴い、医療・介護分野における外国人研修生の受入が開始された。当初、この報に触れた国民の一般的な反応としては、2007年に65歳以上人口が21%を超え、超高齢社会へと突入した日本において増え続ける医療・介護分野の人手不足に対する福音として受け止める向きも多かったものと思われる(同時に国民の生命を預ける重要な職務に新来の外国人を以て充てることの是非を問う議論も活発になったが)。その傾向は2009年に発足した鳩山内閣による「東アジア共同体」形成に向けた外交基本政策の提示によって一層顕著となり、学界等を中心として多くの公開シンポジウムや研究会が開催され、その可能性や枠組、そして具体的内容についての検討が繰り広げられた。
かくいう筆者も、東アジア共同体の政治上の成立過程の見通しはさておき、そうした国際的枠組に依拠した共通の規格に基づく「国際看護師・介護士」養成システムを構築する可能性に着目した一人であり、EPA研修制度を二国間関係から東アジア共同体という枠組に押し広げ、今後同地域において急速に進行する高齢化に伴い、需要が急増する医療および高齢者ケアの専門家人材を「地域公共財」として育成・配分するシステムを考究することを目指した。
しかし、鳩山内閣の終焉と共に東アジア共同体構想は後景に退き、東日本大震災からの復興、TPP(環太平洋連携協定)参加といった課題が政治経済的優先度を増している現在、EPAに基づく外国人看護・介護研修生受入制度も将来に向けた希望的観測を語ることが難しい状況にある。例えば厚生労働省のホームページでは、「この受入れは、相手国からの強い要望に基づき交渉した結果、協定に規定されたものであり、看護・介護分野の労働力不足への対応として日本から要望したものではありません」と明記され、一方で「資格取得後は、看護師・介護福祉士として滞在・就労が可能です(在留期限は上限無く更新可能)」と述べられてはいるものの、本研修制度の国内医療行政への体系的な組み込みについては極めて消極的な姿勢が貫かれている。こうした事情を反映するかのように、言葉の上でのハンディが最大の理由と目されるものの、2010年の看護師国家試験の外国人研修生合格者は254人中3名(合格率1.2%)、2011年は398人中16名(同4%)、2012年は415人中47名(11.3%)が合格し、3年目にして前年度比3倍増となっている点は評価できるものの、日本人受験者の合格率が毎年90%を超えている事を考え併せると、これまでのところ残念な結果と言わざるを得ない。
さて、もしこのままの状態で(つまり、「フィリピンとインドネシアが強く要望しているから【仕方なく】研修生を受け入れているのだ」という公式スタンスのまま)事態が推移するのであれば、それは現場で日本の患者や御年寄りの面倒をみながら言葉の壁を超えるべく日々勉学に励む研修生にとって何ともやりきれない環境であるのみならず、日本-インドネシア、日本-フィリピンという二国間関係にとっても不幸と言えるのではないだろうか。
だが日本は従来より移民受入に消極的で、明確な政策的態度を示すことを保留し続けてきた経緯がある。少なくとも現在進行中のTPPにおける議論・交渉の終了までは~相互利恵の枠組の中で、カネやモノだけでなく、人の移動の自由についても当然検討されることになる~移民、ないし外国人労働者受入に関する何らかの方針表明を期待することはできない。それまでの間、東アジア共同体的な枠組を空想上で措定し、その下に域内共通の専門人材育成システムを仮想構築することは、非常に面白い知的実験ではあっても、机上の空論の謗りを免れないと思われる。
従って、今後日本国の外交交渉の場でTPPに関する何らかの決着がつくまでの間、国際看護・介護人材の育成及び資源配分システムに関する論考はひとまず封印する。その代わり、日本の医療/介護制度は本当に外国人労働者を必要としていないのか、受け入れる余地はないのかについて検証を試みようと思う。実際に「外国人労働力を受け入れる余地も必要もない」という結論に至れば、大掛かりな国際専門人材の育成と移転のシステムを考案すること自体が、少なくとも日本にとって現実的利益をもたらすものとはなり得ず、実現に向けた提言を行なうことは難しい。
先の厚労省ホームページの論調は、一見「日本においては医療・介護分野の人的資源は国内で賄える」という印象を与えるが、本当に国内の労働市場のみで調達が可能なのか、それとも実際には不足しているのだが、国内の利害関係者や団体(看護協会や介護福祉士会など)の既得権益保護を優先するという暗示であるのか判然としないところがある。
ゆえに本稿では巷間話題に上ることの多い「医師・看護師数不足」を中心に、現代日本の医療分野における様々な問題を、国際看護・介護人材の育成・配分システムを今後定立し得るのかどうかという検討に先立つ基礎考察として概観してみたい(なお、EPA研修制度に関連して論考を進めるのであれば、看護師・介護士を取り巻く問題について検討することが自然と思われるが、(1)テーマの大きさ・幅広さから、今回は医療分野に限定する、(2)医療関係者の国際移動について考えるとき、経済的に発展途上の国/地域の医師が、所得水準の高い国/地域に看護師として転出する事例が多いため、医師についても考察に加える 、といった理由から、上記の様なテーマ設定を行なった次第である)。

米澤 慶一

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