コラム
2012年01月30日

民主主義と幸福度~政策決定過程への市民参加

土堤内 昭雄

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1月24日に召集された第180回国会において野田総理が施政方針演説を行い、震災復興、原発事故への対応、日本経済の再生を訴えた。そして、社会保障と税の一体改革実現への強い決意を表明して国民の理解を求めたのに対し、自民党の谷垣総裁は早期の衆議院の解散・総選挙を実施して民意を問うべきと主張した。いずれの立場も国民の声を重視しようということだが、現在の議会制民主主義の「選挙と議会」という政策決定の仕組みは、一票の格差や投票率の問題もあり、国民の声を重要な政策決定過程に必ずしも適切に反映しているとは言えないのではないだろうか。

日本の政治システムの中にも市民参加の仕組みとしてタウンミーティングやパブリックコメント、公聴会等の意見表明の場があるが、近年、討論型世論調査(Deliberative Poll、以下DPと表記)という新たな手法が試行されている。DPとは一般的な無作為抽出による世論調査を行い、その回答者から参加者を数百人募り、討議予定の政策課題について公平な基礎資料を事前に提供した上で一定の場所に集まってもらう。そして、訓練されたモデレーターのもとで小グループの討議を行い、さらに専門家との質疑応答や全体討議を行うといったことを数回繰り返し、討議前と討議後に同じアンケートを実施して、討議過程前後でどのように参加者の意見が変化したかを分析し、熟議を経た民意を把握しようとするものである。

DPは1994年にイギリスで初めて行われ、わが国では2009年に神奈川県、2010年に藤沢市で実施された。その後、2011年5月に慶應義塾大学DP研究センターが「年金をどうする~世代の選択」というテーマで初めて全国規模のDPを行った。そして先日、「討論型世論調査による熟議民主主義-世代を超える問題を解決できるか」という国際シンポジウムが開催され、先のDPの調査結果も報告された。それによると「基礎年金の全額税方式」や「所得比例年金の賦課方式」、「社会保障財源確保のための消費税増税」に対して賛同する意見が熟議後に高まったとしている。

DPは国の将来像に関わる重要な政策課題解決の方向性を検討する上で、代議制を補完し、より正確な世論を把握する手段となり得る。また、ソーシャルキャピタルの醸成効果も見込まれる。しかし一方で、参加者の意見の代表性や正統性、公正な事前情報提供の難しさ等の課題もある。

現在の日本には震災復興、原子力・エネルギー政策、社会保障政策、TPP等通商政策など将来の国の姿を左右する大きな政策課題が山積しているが、これら課題に対して本当の民意を反映することが必要だ。国民には適切な情報を取得し、熟議すれば賢明な判断を下すことができる素地があろう。国の大きな転換期にはDPのような手法を活用して真の国民の声を引き出すことも政治の重要な使命であると考えられる。

幸福度研究では民主主義が浸透し、政治に国民が参加できる制度が整った国の国民の幸福度は高く、それは経済的効用と同程度に影響するとされている。スイスの社会経済学者フライとスタッツァーは著書「幸福の政治経済学」(ダイアモンド社、2005年)の中で、『直接民主制による参政権が充実していればいるほど、また共同体の自律性が高ければ高いほど、人々の主観的な幸福は増大する』と述べている。このような見方に立てば、重要な政策決定過程への市民参加は、われわれの当事者性を高め、責任感と幸福感をともに増幅するのではないだろうか。
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(2012年01月30日「研究員の眼」)

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