コラム
2012年01月19日

認知症ケアモデル 実践者へのエール

  山梨 恵子

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今年度、当研究所で取り組んでいる「認知症サービス提供の現場からみたケアモデル研究(老人保健健康増進等事業)」は、介護保険制度施行からこれまでの間に度々言われてきた、‘新しい認知症ケアモデルの確立’や‘認知症ケアの標準化’、‘科学的根拠に基づく認知症ケアの確立’等の指摘に対して、何らかの答えを導き出せないかという課題意識で始まった。勿論それは、認知症ケアに関わる多くの実践者が、長い時間をかけて積み上げてきたことを尊重するものでなければならないし、現時点で、「科学的根拠のある認知症ケア」をモデル化することがどの程度可能かの検証も必要だろう。

研究会では、医療、介護、地域包括センター等の各分野で認知症ケアに関わっておられる第一人者の協力を得ているが、そこから伝わってくるのは、実践現場のたゆまぬ努力と、BPSD(不安、妄想、暴力、暴言等で現れる行動心理症状)など認知症特有の症状に対するケアの難しさ、あるいはサービス提供現場の質の格差がいかに深刻であるかの厳しい現実である。
   議論が始まってすぐに気づいたことは、「認知症ケア」という基本的な言葉でさえ様々な捉え方があるという点である。認知症の人には医療職、介護職を含めて様々な専門職が関わっている。その中では、認知症ケアを「介護の話」と捉えている人もいれば、「医療と介護が一体になったもの」と捉えている人もいる。またBPSDへの対応を中心に考えている場合もあれば、社会生活支援を含むソーシャルワークの視点で捉えている場合もある。認知症の人のより良い状態や、生活の質の向上を目指していこうとする目的意識は共通していても、そこにたどり着くまでの方法論、優先順位は、それぞれの専門性や立場等によって様々な考え方があるということだ。議論のスタートラインに立つことも容易なことではない。
   しかし、この出発点の違いに気づくことは重要で、様々な専門職が認知症の人に関わっていながら、ケアにおける共通のビジョンを持っていない事実が見えてくる。また、こうした状況が多職種連携を難しくしていたり、BPSDを「介護する側の困りごと」と捉えたまま支援していたりする現状認識にもつながっていく。研究会では、様々な意見、考え方を持つ人間が同じテーブルに着き、お互いを知る努力を始めたところだが、この限られた人数の中で共通認識を得られずして社会全体の認知症ケアのベクトル合わせなど出来ようはずがない。これからの認知症ケアを進めていく上での意味ある一歩と思いたい。

改めて認知症ケアモデルとは何かを筆者の視点で考えてみる。
   認知症ケアで最も課題になりやすいBPSDの要因は、脳神経疾患の影響だけとは限らない。むしろ、家族や職員等との人間関係、本人を取り巻く生活環境、音・光・色等による心身への刺激、性格や気質などが複雑に絡み合って生じることの方が多い。例えば、いわゆる徘徊という行動を繰り返す人がいても、その理由は100人100様、その対応方法も様々ある。それ故、症状別にケアの方法を導くようなマニュアル的な考え方は認知症ケアモデルに馴染まない。勿論、疾患ごとに異なる中核症状の特徴を理解したり、中核症状ごとに留意すべきケア技術やコミュニケーション力を身につけていくことは認知症ケアの根幹の部分であろう。しかし、それはあくまで専門職が身につけるべき知識・技術だと考えられ、ケアモデルでは、その知識と技術を使って『どんなケアを提供するか』の部分が示されるべきであろうと考えられる。
   本人の困りごと(生活のし難さ)に対する個別ケアは、BPSD等で現れてくる表面的な状態に目を奪われることなく、その状態を引き起こす背景を理解しないことには始まらない。専門職は、それを自らの知識と技術に裏付けられたアセスメントという方法でひも解いていく。そして、そこでひも解かれた認知症の人の「真のニーズ」に働きかけていくことが「個別ケア」であり、「寄り添うケア」の意味だと思う。実践者の専門性は、そこにこそ存在すると言えるのではないか。

こうしたことを考えていくと、認知症ケアモデルに取り組む意味は、何か新しいことを生み出して現場の変化を期待するものとは限らないのかもしれない。むしろ、これまで地道に積み上げてきた実践や研究を振り返りながら、認知症ケアの根拠となり得るものを洗い出したり、誰もが理解できるように言語化したりしながら、関係者に共有されるビジョンや原則論を整えていく作業ではないか。そして、寄り添うケアの本来の意味をオーソライズしていくことが、これまで認知症ケアに真摯に取り組んできた実践者へのエールにもなろう。そう思いながら、形のない認知症ケアを言語化していく難しさに、またため息をつく。

山梨 恵子

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