コラム
2012年01月04日

国内の不動産需要縮小はブレイクスルーの好機~未来志向で新たな成長へ~

  松村 徹

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日本国内における不動産需要の縮小傾向が明確になってきた。年間百万戸以上あった新設住宅着工戸数は、2009年以降80万戸台で推移しているが、今後百万戸台に戻るという見方はほとんどない。オフィス市場でも、円高や欧州金融危機などで企業が国内人材の新規採用を絞り込む傾向が強まる中、高齢者雇用制度の改正で2012年以降に先送りされた団塊世代の本格退職が目前に迫り、需要の量的拡大は期待できない。いまや、人口減少や高齢化による需要の減少は、日本の不動産市場を展望する際に当然考慮すべき前提となった。むしろ、今後は不動産需要の中身、すなわち不動産の利用者である企業や消費者のマインド(意識)とビヘイビア(行動)の変化をしっかり見極めることが重要だろう。1,2

まず、東日本大震災と原発事故の影響を軽視すべきではない。不動産市況は一時的に落ち込んだもののすでに震災前の状態まで回復しており、当初懸念されたほど深刻な影響はなかったという見方が多いが、本当にそうだろうか。確かに、住宅着工戸数やマンション供給戸数をみると、震災よりもエコポイントなど住宅取得優遇制度の動きの方が大きく影響している。また、東京のオフィス市場では、震災で外資系企業が西日本へ脱出したがすぐに復帰したため、空室率の上昇はなく、被災した仙台では復旧・復興需要で空室が大幅に減少している。原発事故で外国人観光客が急減したホテル市場も、料金引下げで客室稼働率はほぼ前年並みの水準に戻っている。外資系不動産運用会社で日本から撤退したところはほとんどなく、経済・金融情勢が悪化する欧米に比べて日本市場の安定感がかえって再評価されているほどだ。

しかし、少なくとも、住宅地の液状化や帰宅難民、計画停電、節電の夏3、放射能汚染を経験した首都圏の企業と消費者、さらには地方自治体の意識と行動は確実に変わりつつある。海抜の高さや地盤の強さ、地域の災害履歴(ハザードマップ)といった建物の立地条件はもちろん、建物の耐震性能、電源の多重化や省エネルギー性能といった設備仕様、危機管理体制などに対する関心と要求水準は大きく高まった。戸建て住宅では、どのハウスメーカーも防災と省エネ・創エネ機能を強化した住宅開発にしのぎを削っている。また、湾岸部や内陸部で液状化被害が目立った上、放射能汚染のホットスポットが集中した千葉県では、マンション供給や中古住宅販売が落ち込み、住宅地価にも影響が出ている。首都圏だけでなく、南海大地震などによる津波が懸念される四国の太平洋岸でも地価が下落した。さらに、オフィスビルを利用する企業にとって、首都直下型地震や東海地震を想定したBCP(事業継続計画)の強化は喫緊の課題で、耐震性能の高さ、非常用電源や防災備蓄の有無、複数の交通アクセスはビル選びの重要な条件になっている。グローバルに事業を展開する企業では、アジアに本社のバックアップ拠点を整備する動きもある。首都圏に集中していたデータセンター事業は、バックアップ機能の強化、西日本や九州への分散立地、大幅な省エネ化技術の導入を進めている。投資家も、対象不動産のBCP対応性能を環境性能以上に重視するようになった。このことから、不動産市場では利用者や投資家による地域や物件の選別がより強まり、市場の二極化がさらに進むのは確実だ4。また、今後の震災リスクを考えれば、長期住宅ローンを組んでのマイホーム取得に若い世代ほど慎重になる可能性が高い5

東京都は、大手不動産会社と共同で都心のオフィス街で次世代送電網(スマートグリッド)導入によるエネルギー需給の効率化を検討する方針だ。また、100万キロワット規模の天然ガス発電所を新設、コージェネレーション(熱電併給)設備導入で電力供給源を分散して電力会社依存度の引下げも狙う。この他にも、橋本市長の大阪市と連携して、東電や関電に対して電力供給体制の見直しについての株主提案を検討するなど、直面するエネルギー問題や災害問題に積極的に対峙しようとする姿勢が顕著だ。いずれにしても、3.11後の企業や消費者、地方自治体の意識と行動の変化を過小評価すべきではないだろう。

また、アジア新興国の成長と日本経済の地盤沈下も無視できない環境変化だ。現在、地方都市の空室率がおおむねピークアウトしているにもかかわらず、本社機能や外資系企業が集中する首都東京のオフィス空室率が高水準のまま推移している。景気持ち直し局面でも入居面積があまり増加せず、地方都市より市況回復が遅れ気味なのは、東京ではオフィス投資に慎重な大企業が多いからではないか。つまり、経済のグローバル化と新興国市場の拡大で、人口が減少して高齢化が進む日本の経済地位が相対的に低下し、事業を世界展開している企業、あるいは海外進出を強化しようとしている企業ほど、東京における新たなオフィス投資の優先度が低くなってきているのではないか、ということだ。インターネットの普及で企業活動や消費は簡単に国境を超えるようになったこと、また日本企業が持続的に成長するためにはアジア新興国の成長を取り込む必要があるという価値観や企業戦略の広がりも背景にあるだろう6

しかし、このことを悲観的に捉えず、多くの日本企業が世界市場に積極的に打って出て行こうとしている面をむしろ評価すべきだろう。現在、次世代を担う成長産業が育っていないこともあり、政財界の一部に空洞化を恐れる空気が強いが、「GDP(国内総生産)からGNP(海外投資収益を含む国民総生産)へ」や「メイド・イン・ジャパンからメイド・バイ・ジャパンへ」といわれるように、日本企業の海外投資や海外展開の果実が国内にしっかり還元する仕組みがあれば、日本企業のグローバル化を過度に恐れる必要はないはずだ。国内市場の規模は依然として大きいだけに、目先は「現状維持が一番楽」かもしれない。しかし、それでは未来がない。

内需産業の典型であった不動産業でもアジアを中心に海外進出が目立つが、国内では世界を狙えるような先進的な取り組みが少なくない点にも注目したい。たとえば、高い危機管理機能と省エネ・創エネ性能を持つサステナブルビル7やZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビルディング)、ゼロエネルギー住宅、スマートハウス、スマートシティなどである。国内需要は縮小傾向にあるが、これまで見てきたようにその中身はより高度化・多様化しており、企業が積極的に需要の変化に向き合えば、建築・土木や住宅・不動産、都市交通や都市インフラ整備の分野でも、日本の技術やノウハウが世界標準を先取りできるテーマは非常に多いと思われる。躯体状態での引渡しが一般的であった中国のマンション市場では、日本標準である内装付きマンションの品質が高く評価されるようになったが、ハウスメーカーの東京モーターショー出展や家電量販店との提携など、業種の垣根を超える取組みも話題だ。「課題先進国ニッポン」という言葉通り、今の日本が直面する少子・高齢化やエネルギー問題などの社会的・経済的課題は、アジア新興国も早晩避けられないものだ。国内不動産需要が縮小局面に入った今こそ、新たな成長に向けたブレイクスルーの好機ではないだろうか。


 

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