コラム
2011年11月11日

日本の復興をいわきから

社会研究部 准主任研究員   塩澤 誠一郎

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9月に策定されたいわき市復興ビジョンの表紙には「日本の復興をいわきから」と力強く示されている。

東日本大震災後、福島第一原発を中心に30km圏域沿岸部のほとんどが警戒区域もしくは緊急時避難準備区域に指定され、これらの指定がない福島県沿岸部の自治体は、北部では相馬市、新地町、そして南部はいわき市のみとなる。

東京にいると岩手や宮城の被災地に比べれば、福島の沿岸部における被災状況を伝える報道は多くないように感じられるが、実のところ、いわき市の沿岸部における津波被害も凄まじいものがある。筆者が現地で確認した限りにおいても、久ノ浜、四倉、豊間、薄磯、岩間町、錦町須賀といった地区は甚大な被害を被っている。

これまで福島県浜通り地方の中心都市として周辺地域の生活を支えてきたいわき市は、震災後に警戒区域などから避難してきた人も多く、福島第一原発周辺自治体の仮役場や出張所、連絡事務所などの開設地の役割を担っている。さらに、原発に向かう作業員の中継地として、原子力災害を食い止める取り組みを支えているのである。

このように、自らの復興はもとより、周辺地域の支援、さらには原子力災害からの復興もいわき市が支えているのである。冒頭のスローガンは、いわきが復興しなければ福島の、そして日本の復興は果たせないとの強い思いと同時に、災害が突きつけたこうした現状を国民に訴えているように感じられる。

このような中、甚大な被害を受けた沿岸地区では、復興まちづくりについて地区毎の話し合いや住民の意向把握が行われてきた。意向調査の結果を見ると、今後希望する住まいの場所について、地区の特性や被害状況の違いを反映して様々な希望があり、この結果を見るだけでも、これから住民と市の双方が、ねばり強くまちの復興に向き合わなければならない状況が伝わってくる。

一方、こうした動きとは別に、いわき芸術文化交流館アリオスでは、改修工事を終えて全館再オープンする以前から、市民がモヤモヤと感じている復興への思いを語り合う取り組みが行われてきた。ここに集まった比較的若い世代が、様々な思いやアイデアを参加者同士で熱気を持って語り合う様子を目の当たりにすると、こうした困難な状況の中においても、復興には、市民自らが、自由な発想で元気に地域の将来について語り合える場があることが重要に思えてくる。そしてそれは復興に限らず、あらゆるまちのまちづくりにも必要なことであると、改めて気づかされるのである。

いわき市民の熱い思いや具体的な行動を見るにつけ、これが復興に結実することを願わずにはいられないのである。

がんばっぺいわき!

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社会研究部   准主任研究員

塩澤 誠一郎 (しおざわ せいいちろう)

研究・専門分野
都市・地域計画、土地・住宅政策、文化施設開発

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