コラム
2011年10月06日

「トリック オア トリート」か「わっしょい、わっしょい」か

中村 昭

このレポートの関連カテゴリ

文字サイズ

10月になると、店頭や街角に黄色いお化けカボチャが登場し始めます。ご存知、ハロウィンのキャラクターですが、日本で見かけるようになってから、もう10年以上も経つのでしょうか。ハロウィンは、もともとは、10月31日の晩に行われる、ヨーロッパを起源とした民族行事であり、アメリカを経由して日本にも伝えられたようです。

私が、ハロウィンに実際に遭遇したのは、生まれ育った恵比寿の街角でした。休日の散策中に、偶然に、ハロウィンの仮装をした子供達が、「トリック オア トリート」(お菓子をくれるか、さもないと、いたずらするよ)と大声を上げて、みんなで道を闊歩している光景を目にしたのです。

かつての恵比寿は、山手線沿線に位置しながらも、山手というよりも下町の風情の強い街でした。しかし、その後、西隣の代官山からハイカラなムードの攻撃を受け、また、東隣の広尾からセレブな人々の侵略にあい、終には、ビール工場跡地の大規模再開発の成功により、今ではすっかりお洒落なよそいきの街になってしまいました。当然、西洋起源であるハロウィンの、街への登場も早かったわけです。

さて、普通であれば子ども達のほほえましい姿と感じるのでしょうが、その時、私はその光景に大きな違和感を覚えました。そして、私が違和感を覚えたのは、その風俗に対してではなく、「Trick or Treat」という、大人に二者択一を迫る子ども達の言動に対してでした。

ハムレットの「To be or Not to be」であるとか、研究職の格言「Publish or Perish」(論文を出すか、さもないと、滅びるぞ)であるとか、二者択一を迫る厳しい名言も多くありますので、子ども達の「Trick or Treat」も西洋ではごく当たり前のことなのでしょう。

しかしながら、日本では、私の大好きな歌舞伎の舞台でも、「(甲か乙か)さあ、さあ、さあさあさあさあ」と、相手に二者択一を迫る場面は多くありますが、ほとんどの場合は悪役のせりふであり、迫られた相手役は困窮のあまり言葉も返せないという場面へと続きます。つまり、『人に二者択一を迫ることは、相手を厳しい立場に追い込む、良くないことである』という価値観が、世間の常識であり、それが舞台の根底に流れているのです。

更に、二者択一は、一見果敢に見えますが、甲か乙かの道以外は考えないという、思考停止を意味するものでもあります。相手にギリギリの選択を迫る前に、自分も考え抜いて第三の道を模索する努力が大切なのです。

かつての恵比寿の子ども達(私も含む)は、秋になると、氷川神社の祭礼で子ども神輿を担いで、「わっしょい、わっしょい」と町内を練り歩き、休息の度に、近所の人から振舞われるお菓子や飲み物を、喜んでパクついたものでした。いかに遊びとはいえ、こちらから、二者択一を迫りお菓子を要求することなど夢にも思い浮かびませんでした。

秋になり、黄色いお化けカボチャが目に付くと、ふっと、あの時の違和感がよみがえります。
Xでシェアする Facebookでシェアする

このレポートの関連カテゴリ

中村 昭

研究・専門分野

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【「トリック オア トリート」か「わっしょい、わっしょい」か】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

「トリック オア トリート」か「わっしょい、わっしょい」かのレポート Topへ