コラム
2011年10月03日

分かち合いの精神

保険研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター兼任   中嶋 邦夫

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本年6月末にとりまとめられた「社会保障・税一体改革成案」をうけて、社会保障審議会年金部会で次期年金改正に向けた議論が始まっている。9月29日に開催された第3回の部会では、「マクロ経済スライド」が採りあげられた(注1)。

年金のスライドとは、基本的に、現役世代の賃金の上昇すなわち生活水準の向上に合わせて年金額を改定(スライド)することで、現役世代と引退世代が生活水準の向上を分かち合う仕組みといえよう(注2)。これを年金財政の視点で見れば、現役世代の賃金の上昇によって保険料が増えるため、引退世代の年金額を賃金上昇に合わせて改定しても財政バランスは維持されることになる。

ただし、この財政バランスが維持される話は現役世代と引退世代の人数が変わらない時にしか成り立たない。少子高齢社会では、現役世代の人数が減って保険料収入が減り、引退世代の人数が増えて支出である給付費が増えるため、財政バランスが悪化する。そこで、現役世代の減少や引退世代の増加に合わせて給付費の単価、すなわち年金額の伸びを抑えることで財政バランスを維持できるというのが、マクロ経済スライドの基本的な考え方であろう。

この考え方に従えば、現役世代や引退世代の人数が変動する限りマクロ経済スライドを適用し続けなければ、年金財政のバランスを維持できないように思われる。しかし、現在の制度にはマクロ経済スライドの適用終了が規定されており、2009年に作成された見通しでは2012年に開始し2038年には終了する見込みだという。なぜだろうか。

要因の1つめは、2018 年まで予定されているの保険料率の引き上げである。これによって現役世代からの保険料収入が増え、財政バランスへプラスに寄与する。要因の2つめは、2031年まで予定されている支給開始年齢の引き上げである(注3)。これによって年金の支給対象者が減り、給付費が減って財政バランスへプラスに寄与する。3つめは積立金の運用益である。前の2つほど確実な効果は期待できないが、わずかでも運用益があれば財政バランスへプラスに寄与する(注4)。このような年金財政へのプラスの寄与によって年金財政に余裕ができ、マクロ経済スライドの適用終了が可能になると考えられよう。

もう1つ忘れてならない要因に、2000年改正で実施された給付削減(給付乗率の5%カットと支給開始後の物価スライド化)がある(注5)。マクロ経済スライドのように人口変動に直結した仕組みではないが、将来の人口減少を考慮した給付削減であり、ある意味マクロ経済スライドの先取りといえよう(注6)。しかし、2004年改正で盛り込まれたマクロ経済スライドは、2000年改正後の制度にさらに重ねる形で給付を削減する仕組みになっている。このため、2000年改正時の給付削減が財政バランスへプラスに寄与し、その結果、将来のマクロ経済スライドの適用終了に寄与していると考えられよう。

先日の年金部会では、「将来世代にツケを回さないよう、早期に、デフレ下でもマクロ経済スライドを実施すべき」「現在の受給者に、本来の水準よりもらいすぎであることを理解してもらうべき」という意見が大勢を占めたが、現在の受給者にマクロ経済スライド見直しを納得してもらうには、これまでの給付削減の経緯を踏まえた丁寧な説明が必要ではなかろうか。

また過去の経緯を振り返ることで、今回の年金部会のミッションを越えるかもしれないが、基礎年金に対するスライドのあり方(注7)や賃金スライドと物価スライドが複雑に並立する意義(注8)についても議論が深まり、現役世代と引退世代の間の分かち合いの精神(連帯感)が確認されることを期待したい。


注1:当日の資料は、http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001q0wz.htmlで公開されている。
注2:これは基本的な考え方であり、現在では賃金が低下し生活水準が低下している。現役世代と引退世代が経済状況を分かち合う精神に照らせば、現役世代の賃金低下に合わせて引退世代の年金額を引き下げるのが本筋だろう。しかし現行制度では、部分的な分かち合いにとどまっている(注8も参照)。
注3:女子の厚生年金の場合。男子の厚生年金と男女の共済年金は2026年まで。
注4:これは、上記のように保険料収入と年金給付しか考慮しない単純なケースでの話である。実際の年金財政の見通しでは運用益や積立金の取り崩しを予め見込んでおり、話は複雑になる。
注5:なお、給付乗率の5%カットには、改正前の年金額をある程度保証する経過措置が設けられた。
注6:例えば、物価スライドは給付削減の下限として「物価で見た実質の年金額を維持する」考え方だと捉えることができよう。現在のマクロ経済スライドでは給付削減の下限として「名目の年金額を維持する」という規程があり、先日の年金部会では下限撤廃を求める意見が多かったが、撤廃により実質でも名目でも年金額の価値が低下することには十分な議論や説明が必要だろう。
注7:当日の資料のうち資料1の18ページと参考資料2の12ページを参照。
注8:当日の資料のうち参考資料2の4~5ページを参照。
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保険研究部   主任研究員・年金総合リサーチセンター兼任

中嶋 邦夫 (なかしま くにお)

研究・専門分野
公的年金財政、年金制度

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