コラム
2011年08月03日

地域の自主性を高める改革は高齢者介護をどう変える?

  山梨 恵子

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地方分権、地域主権の波が高齢者介護の現場にも押し寄せてきた。
   今年5月に公布された「地域の自主性及び自立性を高めるための改革の推進を図るための関係法律の整備に関する法律」では、これまで政省令で定めてきた介護サービスの施設規準等を都道府県等の条例規定に改め、地域の独自性を尊重するための改革を本格化している。
   福祉国家で名高いデンマークなども、国は根本的な骨格のみを決め、地方自治体は各々の地域特性に応じた柔軟な支援システムを構築するなど、国と地域の役割分担が、より柔軟でクオリティーの高い地域ケアの実現に欠かせないのは間違いないだろう。

地域のことは地域住民が考えるしくみに・・・。このこと自体に何ら異論はないはずなのに、起きている事象に違和感を覚えるのはなぜか。

今、一部の都市部では、介護施設不足を解消するための多床室の復活が始まりつつある。特養などの介護施設が措置制度の下に運営されていた時代、介護施設は4人部屋、6人部屋などの多床室が標準的であったが、時代の流れとともに個室化が進み、その居住環境は大きく改善されてきた。多床室の復活は、利用者本位のケアを目指してきたこれまでの流れに逆行する動きでもあり、脱集団ケアを目指してきた介護サービス関係者の中には、「何故、今更多床室なのか」と驚く者も少なくない。このことは、住環境が持つケアの力を実感してきた関係者にとって、これまで積み上げてきた成果を覆すほどの大きな出来事なのである。

その流れを止めてでも多床室が打ち出されてきた背景には、(1)在宅介護の限界を理由とする入所待ちの高齢者が後を絶たないこと、(2)低所得者層には個室化に伴う利用料(家賃)設定が高すぎること、などの課題がある。特に、急速な高齢化が見込まれる都市部では、サービスの質と量との折り合いをつけるための決断を迫られ、低所得者が利用しやすい受け皿づくりの必要性に対応した動きとも考えられる。

プライバシーの保持や個人の空間を確保するために、公的な介護サービスはどうあるべきか。

例えば、病気やケガで入院した場合のベッドは、各々のふところ具合で多床室にするか個室にするかを選択することがある。ある意味、限られた期間を過ごす「環境」を自分自身の価値観で「買う」ため、あえて差額ベッド代のかからない多床室を選ぶ人は多い。しかし、終の棲家ともなり得る介護施設の場合、治療終了後の退院が前提となる病院と同様に考えるべきではない。なぜなら、介護施設が期限のない長期に渡る生活空間であること、本人の意思ではなく家族介護が限界に至った時点で施設入所が決まるケースが少なくない等の状況の中で、「お金のある人は個室」、「無い人は多床室」という振り分け方を誘導しかねない危うさを感じるからである。さらに、受け皿を増やせば増やすほど、本人の選択ではない安易な施設依存に拍車をかけることになりはしないだろうか。一度造ってしまった建物は、そう簡単に壊すことはできない。これから、どれだけの人がカーテン1枚の仕切りの中で終末期を迎えることになるのだろうと考える。

この10年、介護施設は個室ユニット化を推進し、利用者の居住環境の向上を目指してきた。施設が、利用者にとっての「暮らしの場」であるのなら、たとえ寝たきりになっても最低限のプライベート空間は守られるべきであり、権利擁護の観点からも然りである。表面的な待機者の数に惑わされて多床室化に走る前に、むしろ、在宅介護が限界だと感じる直接的な要因や現行サービスの不足部分を詳細分析し、ニーズに対応するサービス体制を整えていくことが望まれる。このプロセスが無いままに多床室に戻ることは、これまで国をあげて取り組んできた介護のクオリティー向上を、「金がないなら仕方がない」とあきらめてしまうのと同じであろう。

地方分権、地域主権の本質は、地域の実情に応じて、より柔軟にサービスの質を向上させていくことにある。そのためには、後戻りすることなく、積み上げてきた理念をしっかりと受け継ぎながら、地域住民の声を集めて議論を繰り返したり、地域評価を取り入れたり出来るしくみづくりが望まれる。

山梨 恵子

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