コラム
2011年07月25日

保険商品の販売と中立性 -顧客のためになるということ─「概説日本の生命保険」の出版にあたって-

松岡 博司

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のっけから宣伝で恐縮だが、この程、日本経済新聞出版社から「概説日本の生命保険(ニッセイ基礎研究所編)」を出版した。元ネタは日本生命の役員が東京大学で行った生命保険論の講義メモ。そのサポートを担当した縁で、私が執筆を担当した。

執筆中に意識したのが「中立性」という言葉である。そもそも書物は筆者の意見を開陳するために書かれるものであるが、本書のような性格の本にあっては、中立的ないずれの意見に与することのない記述を行うことも重要であろう。客観的な記述と見せて自身の意見を読者に押しつけるような本にはしたくない。

そんなことを意識していると、原発事故で頻繁にテレビに登場する評論家諸氏が誰を代理して発言しているのか、新聞記者は何を題材に選び記事にするかという段階で主観が入ることになるがどう自分を納得させているのか、など、いろんなことがうじうじと気になりだした。読者、顧客のためになる中立性とは何か。そもそも中立であることが相手のためになるのか。ジレンマである。

考えてみると、こうしたジレンマはあらゆる行為に潜んでいる。生命保険の販売にも。この点、英国で1988年から2004年末まで、投資商品(投資アドバイスを伴う金融商品のこと。生保会社が提供する商品の多くも投資商品に分類される)の販売に課されていた二極化ルールが、なにがしかのヒントを与えてくれる気がした。

二極化ルールの下では、販売者は、特定の商品提供会社(生保会社等)のために働く1社専属販売者となるか、いずれの商品提供会社からも独立・中立の立場で、顧客の側に立って販売する独立仲介者(IFA)となるか、どちらかを選択しなければならなかった。そして、いずれの立場で販売を行うかを顧客に開示することが求められた。

二極化ルールが設けられた背景には、販売者がどういう意図を持って販売しているのかを顧客が認識できることが望ましいという規制作成者の意識があったと思う。商品提供会社の側に立って販売していることが明確な1社専属の販売者は、顧客にとって分かりやすい存在であり、一つの典型的な販売者と位置づけられる。では1社専属でない、顧客から見て曖昧な存在の販売者をどう位置づければいいか。わかりにくさを解消する一つの方策は、1社専属とまったく対峙する、いずれの商品提供会社からも独立・中立で、あらゆる商品提供会社の商品から顧客にあった商品を販売する存在と決めることである。顧客にとっての曖昧さをなくすにはどうすればいいか、それだけを第一に、極めて論理的に、この2つの態様からの二者択一が定められたのではなかろうか。実効性を課すため二極化ルールでは、中立の立場にいる販売者は顧客のためにふるまうべきであるとして、独立仲介者にベストアドバイス義務が課された。

二極化ルールの時代、特定会社の利害を代弁する1社専属の販売者は、必ずしも顧客のためになる商品を販売しているわけではないという見方が広がったこともあり、中立を標榜する独立仲介者のシェアが大きく伸びた。この間、中立性信奉のような心情が醸成されていったように思う。

しかし2001年の政府調査で、独立仲介者が中立を標榜しながらも、実は商品提供会社から受け取る手数料が高い商品を薦める傾向(コミッションバイアス)があること等が判明した。これを受け、2004年末をもって二極化ルールが廃止され、複数の商品提供会社の商品を扱う乗合代理店形態の販売者が認められることとなった。実態に照らして規制の修正が行われた形である。これは私の偏った見方であるのかもしれないが、私はそう考える。

結局、金融商品の販売であれ、本の執筆であれ、顧客、読者のためになるということと、中立であるということはまったくの同義というわけではないのだ。血の通った温かさがあれば、いずれの立場であろうと役に立てるはずであろう。これが私の達観(?)である。そして二極化ルールでも重要な要件として求められていた、自分の立場、立ち位置を伝えてから、交渉に入るべしという考え方を参考に、自分はどういうつもりでこう書いているのかを、できるだけ率直に、読者にわかるように書けばいいと自分を納得させた。きっと生命保険の販売も同じだろう。

なお英国ではその後も検討が進められ、投資商品アドバイスをいくつかに分類し、高レベルのアドバイスについては販売者が商品提供会社から手数料を受け取ることを禁止し、顧客からのフィーしか受け取ることができないことにすべきといった改革が提言されたりしている。
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