コラム
2011年07月20日

節電の夏に実感する日本社会の底力

松村 徹

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最新の調査1によると、東京電力・東北電力管内のオフィスビルテナントの使用電力量は、2011年4月が前年同月比で▲19.5%、5月が▲20.5%と政府目標の15%削減を軽くクリアし、企業の節電意識の高さが明らかになった。ニッセイ基礎研究所でも、さまざまな節電メニューを実行した結果、5月からの1ヶ月間で前年比▲42.7%もの節電を達成できた。昨年、東京都のビルオーナーに温暖化ガス削減義務が課せられた際、賃貸ビルではテナントの積極的な協力が期待できないとして、目標達成が危ぶまれたのが嘘のような事態だ。猛暑日が続くと予想される7、8月にかけても同程度の節電が達成できるか予断を許さないが、未曾有の電力危機に対して「やればできる」という思いを強くした。また、LED(発光ダイオード)電球は6月に前年の3倍近い個数が売れ、扇風機や高性能の省エネ型エアコンの在庫がなくなり、太陽光発電装置が住宅の標準装備になるなど、消費の節電シフトも一気に進んでいる。

社会全体の危機に目覚めた企業や家庭が、ワークスタイルやライフスタイルの見直しに至るまで、自分に何が出来るかを考え真面目に取組むこのような姿に、日本社会の底力を感じる。企業や家庭の小さな努力の積み上げだけでは、日本が直面する電力危機やエネルギー問題の根本的な解決にはならないという批判もあろうが、ここは素直に褒めるべきところではないだろうか。日本のエネルギー政策の見直しが不可避となった以上、電力危機対応は、この夏をとりあえずピークカットでしのげれば良い、という消極的発想ではもったいない。この際、電力を過度に使う働き方や生活をさらに見直し、原発依存から脱することが十分に可能な水準まで、大幅な省エネを実現してしまおうと考える方が、はるかに生産的だし力も沸いてくる。われわれは、そのためのリテラシー(情報読解力)や智恵、技術を十分持っているはずだ。また、毎日のように登場する省エネ・創エネに関わる新商品や新技術を見れば、このような発想が新たな投資や雇用、市場の創出、ひいては技術大国日本の再生に繋がることも明らかではないだろうか。

35℃以上の猛暑日が当たり前となった日本の夏だが、オフィスの設定温度を28℃に引上げても、軽装なら十分耐えられることが実感できた。ならば、涼しいスーツや洗えるスーツを無理に着用するより、夏はスーツとネクタイと決別し、スーパークールビズを全面的に受け入れればいいだけではないのか。何らかの「形」が欲しいなら、沖縄の正装「かりゆし」を取り入れてもいい。スーツ・ネクタイ市場はさらに縮小するが、一方でシャツやパンツ、ジャケット、小物など男性用ファッション市場は拡大するだろう。また、オフィスの照明がこれまで明る過ぎ、照度を大幅に落としても仕事に支障のないことも実感できた。作業領域と周辺を照らすタスク・アンビエント型のLEDランプ付きデスクを採用すれば、天井照明の間引きやLEDランプへの交換も不要で、ビルオーナーの承諾も工事もなしに、テナントだけで照明の省電力化と空調負荷の低減が簡単に実現できる。効果的な照明やセンスの良い照明を実現するため、新しい照明器具の開発や技術革新が進むだけでなく、公共空間、商業店舗からオフィスやマンションまで、照明デザイナーの活躍の場も大きく広がるだろう。

東日本大震災は日本の経済・社会に大きなダメージを与えたが、現在の危機的状況は震災のせいだけではない。地方の高齢化・過疎化、産業の空洞化、財政赤字の拡大、社会保障の制度疲労、世代間格差の拡大、政治やマスメディアの劣化、日本の経済的地位低下は、震災前から確実に進行していたものだ。つまり、高度経済成長の終焉後、高齢化社会の到来と国内市場の縮小、経済のグローバル化が確実であったにもかかわらず、われわれが大きな変革や摩擦を避けて問題解決を先送りしてきたことの結果といえる。危機を前向きに捉える未来志向、旺盛なチャレンジ精神、過去の成功体験や利害関係にとらわれない柔軟な思考を持った企業や人々を信じて応援することが、日本再生のために今一番必要なことではないだろうか。
 
1 ザイマックス不動産マーケティング研究所による。ザイマックスが不動産管理を受託するオフィスビルのテナント1723社に対する調査で、同一ビル、同一テナントの使用電力量データを比較した各月の集計結果が公表されている。節電対象期間(東京電力管内の場合、7月1日~9月22日)が終了するまで調査・公表される予定。
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