コラム
2011年05月16日

国家公務員の給与カット表明に熟慮と覚悟があるか

松浦 民恵

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ある人事の実務家は部下に対して、従業員の労働条件を変更する際には、最大限の熟慮と覚悟をもって事に当たれと繰り返し説いていた。特に労働条件の切り下げは、対象となる人の人生のみならず、家族の生活にも大きな影響を及ぼす。また、一度下した決定はその後の従業員の働きぶりや人事管理に、中長期的に影響を与え続けることになる。そういう重い決定を、生半可な考えや覚悟で行ってはならないという戒めの気持ちを、彼は部下たちにしっかりと伝えたかったのだろう。

政府は5月13日に、国家公務員の俸給・ボーナスの1割カットを主要労働組合に打診した。5月14日の日経新聞の記事によると、政府は「(1)民主党の公約である『国家公務員総人件費の2割削減』、(2)国家財政の逼迫、(3)東日本大震災への対応」を理由としてあげている。

この動きに違和感を覚えるのは筆者だけだろうか。例年、国家公務員の給与は、民間企業の賃金水準の調査に基づいて行われる人事院勧告を受けて、民間企業の労働条件とのバランスを考慮のうえ決定される。このような仕組みがとられている大きな理由の一つとして、公務員には労働三権(団結権、団体交渉権、団体行動権)のうち、団体行動権(ストライキ等をおこなう権利)が認められていないことがある。しかしながら、今回の1割カットは、労働三権の制約に関する議論が収斂しないまま、人事院勧告を経ず、労使協議によって検討が進められようとしている。

さらに納得がいかないのは、東日本大震災の対応が理由としてあげられている点である。もし労使協議の結果、国家公務員の給与がカットされたとしても、それで復興財源全体を賄いきれるはずはないので、早晩、増税の議論が出てくる可能性が高い。震災によって業務量が増大している公務員が少なくないなかで、給与カットが行われ、さらに増税ということになると、公務員だけが二重、三重に重荷を背負うことになる。

復興財源として、国家公務員の給与がカットされるのはなぜか。その理由が明確にならない限り、一部の公務員の不祥事に端を発した長きに亘る公務員バッシングの風潮に同調して、復興の議論に便乗して、政府が公約を実行しようとしていると受け止められかねない。想像したくないが、今後別の大震災が起これば、国家公務員の給与はさらにカットされることになるのか、という疑念さえ生まれかねない。

もちろん国家財政が逼迫しているのは事実であり、国家公務員を含む公務員の労働条件を変更する必要性を否定するものではない。しかしながら、そういった決定は役割や仕事の見直し、人事制度や要員政策の検討とセットで、熟慮と覚悟をもって行われるべきものである。

労働条件の変更は、対象となる人の人生のみならず、家族の生活にも関わってくる。人事管理の観点からみると、拙速な労働条件切り下げは働く人のモチベーションの低下につながり、中長期的に優秀な人材を確保し、定着させることも難しくする。一方で、公務員は国の方向性の検討に関わるプロフェッショナル集団であり、公的サービスの担い手であることから、彼・彼女らの働きぶりは、国民の生活に多大な影響を与える。

拙速な労働条件切り下げのツケは、結局国民が負うことになる。冒頭紹介した人事の実務家は、労働条件変更の恐ろしさ、根深さを理解し、肝に銘じていたのだと思う。
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