2011年02月25日

冬の海辺で

取締役 前田 俊之

このレポートの関連カテゴリ

文字サイズ

今年の冬はいつもに増して寒い日が続いた。この季節独特の凛とした空気のもと、東京近郊の海辺でも水は透明度をました。浅い岩場の海面はコバルトブルーに染まり、白い砂地のうえに広がる海面はエメラルドグリーンに輝く。そんな風景を楽しんでいたところへ、突如として百羽を超えるカモの群れが目に飛び込んできた。その群れはいくつものVの字を刻々と変化させながら、豊かな緑を残す彼方へと去っていった。ここのところ鳥インフルエンザの媒介役として何かと心配の種になってしまった感があるが、もともと野鳥は我々にとって身近な存在だ。
専門家によると、生活環境に合わせて鳥それぞれの飛び方にも特徴があるという。カモや雁などが群れで飛ぶ時に見せるV型文字は、鳥の翼の斜め後方に生じる上昇気流を利用しているらしい。後方を飛ぶ鳥はその上昇気流に乗るとエネルギーの消耗が少なくてすむ。そこで越冬のため長旅をする鳥たちは斜め一列につながって編隊飛行をする。なにげなく飛んでいるようで、実はその裏に極めて合理的な仕組みがあるというわけだ。
そんな統制のとれたカモや雁の行動と比べて、思い思いの飛び方をするのはトビだ。近くの小さな漁港で面白い風景にであえるというので足を運んでみた。午後のいっとき、いつものとおり漁師さんが余った小魚を港の岸壁に運びだす。すると、数十羽のトビがどこからともなく現れて頭上を舞い始める。そして魚が地面に置かれるやいなや次々に急降下を繰り返す。そのさまには何とも言えぬ迫力がある。Black Kiteという英文名が表わしているように、そもそもトビは上昇気流を利用して滑空する能力が高い。加えて視力も非常に優れ、人間の目に直すと8.0の視力を持つという。諺の世界では必ずしも尊敬の念を持たれる存在ではないが、その能力は極めて高く厳しい環境のなかでも生き延びてゆくことができる。
そう言えば、アジアにおける日本の役割はよく雁の群れの先頭に例えられてきた。つい最近まで日本がアジア経済のけん引役であったことは紛れもない事実だ。ところが今世紀に入ってからは日本が徐々に元気を失い、その一方でアジア諸国は逆に著しい経済発展を実現した。気がついてみれば日本の後ろに群れはいない。経済運営に自信をつけたアジア諸国がそれぞれ独自の戦略をもって世界経済のなかで羽ばたき始めていたわけだ。群れの先頭にいた雁がいつのまにか一羽だけになり、そのまわりには翼をひろげて滑空する多くのトビという画に見えなくもない。
おりから年金、TPPなど日本の将来を大きく左右する議論が数多く進んでいる。その中でもとりわけ財政問題が重要なことに異論はあるまい。この1月には海外の格付け機関が日本のソブリン格付けを引き下げ、混沌とする日本の財政運営についてあらためて厳しい見方を示した。何かと格下げばかりが物議を醸しがちだが、前提となる分析は冷静かつ客観的だ。それは先頭で群れを率いていたよき時代のことは忘れ、これからは一人ひとりが厳しい環境のもとでも逞しく生きる術を身につけなさいと説いているように聞こえる。冬の海辺で見かけたトビのように逞しく。

Xでシェアする Facebookでシェアする

このレポートの関連カテゴリ

取締役

前田 俊之 (まえだ としゆき)

研究・専門分野

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【冬の海辺で】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

冬の海辺でのレポート Topへ