2011年01月24日

終身年金パズルについて

臼杵 政治

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■目次

1――終身年金(アニュイティ)は嫌われている
2――嫌われている理由
3――非合理性(バイアス)による説明
4――まとめ

■introduction

老後の年金には、大きく二種類がある。確定年金と終身年金である。確定年金では10年、20年というように年金が支給される期間が決まっており、受給者がその期間内に死亡した場合には残った資産が相続される。他方、終身年金では受給者が生きている間だけ年金が支給される。しかし、死亡した後、相続人には一銭も渡らない。年金の支給開始年齢が65歳だとしよう。支給期間20年の確定年金なら、85歳になるまでは一定額の年金が支給され、また85歳になるまでに死亡するといくらかの資産が相続人の所へ行く。他方、終身年金であれば65歳で亡くなってもあるいは105歳まで長生きしても同じ額の年金が毎年支給される。その代わり、相続人には一銭も残らない。
では、確定年金と終身年金のどちらが有利なのだろうか。標準的な経済学においてはいくつかの仮定を置けば、終身年金の方が有利だとされてきた。その一つは遺産を考えないことである。すなわち、本人が生きている間に受け取って消費できる年金額だけに注目する。払い込んだ年金原資と本人が受け取る年金額の間のリターン(利回り)を計算すると、終身年金の方が確定年金よりもリターンが高くなる。確定年金は満期までに元利を取り崩していく貯蓄商品であり、そのリターンは債券など貯蓄商品の利回りと同じであり、しかも、満期よりも早く死んだ場合には本人は年金を受け取ることができない。ところが、終身年金の平均利回りはそれよりも高くなる。なぜなら、終身年金は早く死んだ人が払い込んだ年金原資(保険料)を生きている人の間で分け合う仕組みになっているからである。
簡単な例で確認しよう。いま65歳で1000万円の資産を持っている3人の男性、仮に加藤さん、高橋さん、山田さんがいたとする。3人は自分の財産をもとに死ぬまでに必要な消費を賄いたいと考えている。家族の援助や公的年金や生活保護など公的なサポートには頼らない。これが二つ目の仮定である。
ただし、加藤さんたち3人のような65歳の男性には誰でも、A.65歳になった直後に死ぬ、B.ちょうど85歳で死ぬ、C.105歳まで長生きして死ぬ、という3つの可能性があり、A.B.C.それぞれの確率が全て1/3であり、3人の内1人ずつが、A.B.C.のどれか1つに該当する。つまり、3人の平均余命(死亡までの期間の期待値)は20年である。なお、ここでは金利はゼロとする。
この時、3人が終身年金に加入しないと、運良く(運悪く?)105歳まで長生きした場合にも、消費(生活)する資金が底をつかないようにするには、1000万円を40年かけて取り崩さなくてはならず、1年あたりの消費可能額、あるいは確定年金の額は25万円(=1000万円÷40年)になる。ところが、3人ともが終身年金に加入すると、仮に105歳まで長生きしても年金額は2倍の50万円になる。というのも、運悪く(運良く?)A.のシナリオにあたった人の年金原資1000万円を、B.C.のシナリオにあたった人への年金支給に充当できるからである。3人分の年金原資3000万円を余命ゼロ、20年、40年の3人で分けることになるので、年金額が50万円になる(3000万円÷(0年+20年+40年)=50万円)。
もちろん、現実はこのように単純ではない。とはいえ、早く亡くなった人が残した資産を長生きした人の間で分配するという終身年金の特徴は変わらない。それによって、より少ない資産(原資)で老後の消費のための準備をすることができる。もしも、終身年金に加入せずに、加入した場合と同じ額を消費しようとすると、長生きした場合に資産が底を着く。そこで100歳を超えて長生きしても資産が残るようにするには、毎年の消費可能額(取崩額=確定年金の支給額)を終身年金の額よりもずっと小さくしなくてはならない。その意味で、終身年金は確定年金や自分で資産を取り崩す場合に比べて、リターンが高いのである。死亡した人が払い込んだ保険料を分配することで終身年金の額が確定年金などの貯蓄商品よりも年金額が大きくなる部分を死亡率プレミアムという。
このように終身年金は一定の数以上の加入者があり、大数の法則によりその平均的な余命がかなりの程度確実にわかる場合、平均余命までの老後の準備をしておけばどんなに長生きしても一生涯同じ額が給付される保険商品となっている。

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