コラム
2010年10月20日

製造業の空洞化懸念を払拭する立地補助金への期待~ピンポイントで即効的な「エコポイント型政策」~

社会研究部 上席研究員 百嶋 徹

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急激な円高により、製造業の空洞化懸念が高まっている。政府は、これに対応して国内立地・投資促進策として「低炭素型雇用創出産業立地支援の推進」を打ち出した。これは、リチウムイオン電池やLED(発光ダイオード)など、低炭素社会構築に向けたグリーンイノベーションを担う先端産業の国内での工場立地に対して、設備投資の三分の一(中小企業は二分の一)を補助する画期的な助成制度だ。

この制度は、円高・デフレへの対応として9月に閣議決定された「新成長戦略実現に向けた3段構えの経済対策」では、予備費執行によりすぐ実行できる緊急対応(3段構えのステップ1)の一環として盛り込まれ、1,100億円の国費投入が決定している。来年度予算による新成長戦略の本格実施を指すステップ3では、経済産業省が300億円を要望し恒久化を目指している(ステップ3での事業名は「革新的低炭素技術集約産業の国内立地の推進」)。

実はこの制度は、2009年度2次補正予算に盛り込まれた「明日の安心と成長のための緊急経済対策」(昨年12月閣議決定)の一環としても実施され、目に見える経済効果を上げた実績がある。補助額(約297億円)の約5倍に及ぶ設備投資(1,400億円)の呼び水となり、関連産業への波及効果を含めて1万7,500人の雇用を創出したと推計されている。リチウムイオン電池やLED産業では、デバイスや主要部材の製造は大企業が担うケースが多いものの、特殊加工や製造・検査装置などものづくり基盤技術工程では中小企業の技術力が活かされる場面が多く、補助金の採択企業42社の中には中小企業も散見された。さらに、政策効果として特筆すべき点を2つ挙げたい。

1点目は、この制度の活用により雇用の創出・維持(4年間の雇用維持が採択要件)が図られ、失業者が職と給与を得ることで見込まれる、社会保障費の削減効果と所得税・消費税の増収効果だけでも、274億円と補助額の9割強に相当し、財政支出はほとんど回収できることが弊社の試算で明らかになったことだ(経済産業省・産業構造審議会情報経済分科会「情報経済革新戦略」の83ページに掲載)。

2点目は、ベルギーに本社を置くリチウムイオン電池用正極材料で世界2位のユミコアが、この制度を活用して神戸に生産拠点を構築することだ。これまでは韓国の工場から日本に輸出していたという。さらに研究開発拠点も神戸に立地する予定だ。グローバルな視点から「最適立地の戦略」を冷徹に図る、有力外資メーカーの誘致に成功したことは、国の立地補助金や地元自治体のインフラ整備などの的確な政策があれば、日本での立地はまだまだ魅力的で経済合理性に適うことを示している。関西地域にはリチウムイオン電池関連メーカーの集積が進んでいる。

なぜこの制度が目に見える経済効果を創出できたのか。家電や住宅のエコポイント制度やエコカー補助金が予想以上の需要喚起効果を示したことにヒントが隠されている。これらの政策は、消費者全体を対象にするのではなく、元々購入意欲があり実際に店頭で購入を決意した消費者をピンポイントで助成するからこそ、即効的かつ有効な政策効果を生み出したと考えられる。設備投資の支援でも同様のことが言え、企業全体ではなく、投資意欲はあるが一時的に実施を手控えている企業の背中を補助金により直接押してやれば、政策効果は大きくなる。逆に子ども手当のように、家計や企業に広く現金をバラまく間接的な政策では、政策経路が家計の消費・貯蓄行動や企業の分配行動を介するために、消費や投資に回されずに留保されてしまうと経済波及効果が生じない。足下の経済状況のように、悲観的な将来見通しが蔓延し、消費や設備投資が全体的に低迷している局面では、一部の意欲ある経済主体に対してピンポイントで刺激を与える「エコポイント型政策」が有効である一方、経済主体全体を対象とする「子ども手当型政策」の効果は小さいと考えられる。

我が国の製造業全体の設備投資は、91年度にピークを付けて以降、キャッシュフローを大幅に下回る水準で低迷しており、特に94年度、98~03年度、08~09年度には減価償却費の水準をも下回った。根底には長期ビジョンを欠く、横並びで内向きの投資行動があると思われ、このような状況下では企業全体ではなく、国内で設備投資を行う意思のある企業を直接助成するのが有効な政策アプローチだ。

リチウムイオン電池とLEDでは、我が国メーカーが現状では40~50%の市場シェアを有しているが、サムスンやLGなど海外勢が大型投資を計画しており、このままだと、また半導体や液晶のように海外メーカーに覇権を奪われかねない。我が国企業は立地補助金などを活用して果敢な投資に早急に踏み出すことにより、海外勢との競争に打ち勝つとともに、グリーンイノベーションを主導して低炭素社会の構築など社会課題の解決に大きく貢献することが求められる。
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

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