2010年04月26日

まさかの時のための貯蓄と保険

櫨(はじ) 浩一

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「まさかの時のために」という英語がfor a rainy dayだというのを、試験の時にどうしても思い出せなかったことを、今でも思い出す。本当の語源は知らないが、雨に降られてずぶ濡れになるという被害を考えれば、多少ジャマでも傘を持って出掛けた方が良いというようなところから出た表現だろうか。普通の生活では、まさかの時のことを考えれば、多少の負担はあっても安全策を採ることが最善であることが多い。家計でもまさかの時に備えて十分な貯蓄を保有するというのは合理的な行動だ。しかし社会全体としてみると、皆がまさかの時にそなえて貯蓄に励むことは、消費の不振につながり経済を低迷させるという問題もあるので、最善とは言い難い。
まさかの時に備えた貯蓄が厚ければ、多少の問題が起こっても拡大させずに済むように思える。しかし、実はまさかの時に備えようという行動自体が、逆に危機を招くことがある。2000年代に入ってからの国際経済の世界では、国家レベルでまさかの時に備える行動が問題を引き起こしていた。1997年に起こったアジア通貨危機では、それまで大きな問題が無かった国々でもあっという間に外貨準備不足に陥ってしまった。このため各国は通貨危機の再発に備えて、それ以前の常識をはるかに超える外貨を貯めようとした。1997年末に1.6兆ドルだった世界の外貨準備は、10年後の2007年末には6.7兆ドルへと4倍に増加している。サブプライム問題に端を発する今回の世界的金融危機は、米国の借入れ依存による過剰消費体質が原因とされるが、米国にお金を貸す国がなければ、米国は過剰な消費をすることができなかったはずだ。各国が外貨準備として米国債を大量に購入してお金を貸したから、米国は大幅な経常収支赤字を続けることができたのだ。通貨危機を回避しようとして、まさかの時のために外貨を貯蓄しようとした各国の行動は皮肉なことに、別の金融危機を引き起こす遠因になった。
さて、日本の消費低迷の一因は、家計の金融資産の多くを高齢者が保有していることにあるという指摘もあるが、これも「まさかの時」に備えるための貯蓄だ。金融広報中央委員会の「家計の金融行動に関する世論調査」では、貯蓄を保有する目的は「病気や不時の災害への備え」が約7割で最も多く、60歳代、70歳以上では8割を超える。誰しも長生きしたいと思うものなのだから、消費を我慢して老後生活を支えられる十分な貯蓄を積み立てる必要があるように思える。しかし、実は個人が個別に「まさかの時」に備えるのではなく、社会全体として対応を用意すれば、この備えは大幅な節約が可能である。とりわけ老後の生活資金のように、残念ながら全員が100歳以上までも長生きできるわけではない場合には、大勢で対応を準備する保険機能の節約効果は大きい。貯蓄と保険はほとんど同じような機能とされることも多いが、これから超高齢社会に突入する日本では、その違いについて経済の活性化という観点から、もう一度見直してみることに意味があるのではないだろうか。

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