コラム
2009年08月28日

気候ターゲット+2℃:第三の産業革命の始まり

  川村 雅彦

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【西暦2525年】

“In the year 2525, if man is still alive, if woman can survive, they may find.”と始まる曲をご存じだろうか。500年後も人類は生存するのかと問う。「西暦2525年」という曲名だが、団塊の世代ならば、1960年代末に世界的にヒットしたアメリカン・ホップスを覚えている方も少なくないだろう。
   語りかけるように歌うこの曲は、3535年、4545年・・・と1万年後まで1番ごとにほぼ1000年単位で時間が進むSF的な展開が印象的であった。当時、「地球環境」という言葉はなかったが、人類文明の驕りへの警鐘とともに、地球的視点から環境・資源問題を問いかけた先駆的な曲である。
   1960年代後半から1970年代初頭にかけて、ベトナム戦争や世界的な学生運動を背景に、時代の転換期を迎えつつあった。そのころ日本では高度経済成長に伴う「公害問題」が政治問題化し、東京でも初の光化学スモッグ警報が発令され、水俣病や四日市ぜんそく等の四大公害裁判が始まっている。それから40年、人類はどのくらい進歩したのだろうか。

【ラクイラ・サミットで合意した2℃ターゲット】

今年7月にイタリアのラクイラで開催された主要国首脳会議(G8)は、世界の平均気温の上昇を産業革命以前と比べて2℃以下に抑えることで合意した。これは「2℃ターゲット」と呼ばれる。さらに、G8にEUと中国、インド、ブラジル等の温室効果ガス排出量の多い新興国8ケ国を加えたMEF(オバマ大統領創設の主要経済国フォーラム)の首脳宣言においても、同じ共通認識を盛り込めたことは画期的であった。
   この2℃ターゲットは地球温暖化(気候変動)対策の究極目標ともいえるが、今後の気候安定化のための世界の共通目標となったのである(この達成をめざして、G8は2050年までに温室効果ガス排出量を世界で半減、先進国で80%以上削減を合意)。平均気温上昇の2℃抑制は、大気中のCO2濃度を450PPMで固定化することを意味する。なお、産業革命以前は280PPM前後で安定していたが、地球人口の増加や工業化により現在は380PPMを超えている。
   +2℃は従来からEUが主張してきたことではあるが、地球温暖化の影響が顕在化しつつある現在、持続可能な地球環境・地球社会を何とか維持できる限界という判断である。そして、ノーベル平和賞を受賞した世界の科学者集団であるIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告に基づき決断したことも見逃してはならない。つまり、政治が科学を根拠に意思決定したのである。

【低炭素革命に向けた産業構造の転換】

しかし、+2℃自体に異論を唱える学者もいるうえに、気候変動のルールづくりを主導したいEUや米国オバマ政権の戦略に押し切られたとの論評もある。一方、「ポスト京都議定書」の枠組である2020年までのCO2削減の中期目標となると、COP15(国連気候変動枠組条約の第15回締結国会議)が今年12月にコペンハーゲンで開催予定であるにもかかわらず、国益を盾に先進国と途上国だけでなく、先進国間でも依然として溝が埋まっていない。
   ここで冷静に考えてみると、国際政治的には気候変動対策の基本目標は+2℃で決着したのである。今後の課題は、これをどう達成するかである。既にEUと米国は、世界をリードすべくグリーン・ニューディールに代表されるように戦略的・政策的に産業構造を転換すべく、大きく舵を切っている(その背景には、もちろんエネルギー安全保障や雇用の移転・拡大等の国家戦略があるが)。
   この時代潮流を文明史的にみれば、気候変動対策とは石油文明から脱却し、化石燃料に依存するエネルギー構造と産業構造を低炭素化することに他ならない。これが「低炭素革命」と呼ばれる所以である。世界の温室効果ガスがこのまま年率3%で増え続けると、30~40年後には+2℃を突破すると推測されている。そうなれば様々な領域で世界中が混乱し、持続可能な経済の基盤は崩壊しよう。そうならないための人類に与えられた準備期間は、それほど長くない。

【低炭素社会に向けた「仕組みづくり」と「イノベーション」】

それゆえ、日本でも低炭素社会に向けた国民意識と産業構造の大転換が必要である。低炭素社会とはCO2排出量を大幅に削減しつつ持続可能な経済を維持できる社会であり、むしろ、それが国益と地球益に適うことになる。ただし、政治の明確な意思表明がなければ、国民も企業も動かない。
そのためには、まず国として国民的議論を経て低炭素社会のビジョン(めざすべき姿)を明確にしたうえで、生活様式や産業モデルの構造的転換の長期戦略・計画の策定が不可欠である(実際、英国は法的拘束力のある「気候変動法」を昨年制定し、この7月には「低炭素産業戦略」を公表)。
   戦略策定の際に重要な視点は、「仕組み作り」と「イノベーション」である。前者には、CO2削減目標の法制化や有価証券報告書での排出量開示の義務化、キャップ付き排出量取引、あるいは炭素税やグリーン税制等が考えられる。後者には、技術革新にとどまらず、従来の発想を超えた事業革新(既存事業の統廃合や新規事業への進出、地域・企業・事業連携等)も含まれる。
   企業には国内・海外の低炭素革命に伴う成長分野に対応できる新たなビジネスモデルの構築が求められる。例えば、「ビッグ3からスモール100」と言われるように、モーターと電池があれば、自動車専業メーカーに限らず誰でも自動車が作れるようになる(三菱重工業の電気バス等)。これは金融機関にも当てはまり、低炭素化に向けた積極的な融資や投資により重要な役割を果たすことが期待される。
   農業革命、工業革命に続く第三の産業革命、つまり「燃やさない文明」への移行期の始まりにおいて、日本が多くの困難を克服して低炭素社会を実現し、世界の低炭素革命をリードすることを切に願う。その可能性は決して低くないと思う。

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