コラム
2009年08月24日

CSRの実践を促すソーシャル・キャピタル~経済的リターンと社会的リターンの好循環を促す触媒機能~

社会研究部 上席研究員   百嶋 徹

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「ソーシャル・キャピタル」とは、コミュニティや組織の構成員間の信頼感や人的ネットワークを指し、コミュニティ・組織を円滑に機能させる「見えざる資本」であると言われる。学術研究にとどまらず、行政サイドでも近年注目を集めている概念だ。これまでは市民社会など地域コミュニティに焦点を当てた議論が中心であったように思われるが、ヒトや組織の関係が絡むあらゆる営みに議論を応用することが可能なはずである。企業活動にも勿論応用することができ、特に企業がCSR(企業の社会的責任)を実践する際に、ソーシャル・キャピタルが重要な役割を果たすことを強調したい。

筆者は、CSRの実践とは、企業の利益追求のプロセスに環境や社会への配慮を組込む「誠実な経営」を継続的に行うことであると考えるが、その際に従業員、株主、取引先、顧客、地域社会など多様なステークホルダーからの共感が得られなければ、誠実な経営を実践することは難しい。経営トップの役割としては、経営戦略の構築力・実行力もさることながら、志の高い企業理念を掲げ、それを全社に浸透・共有させ、組織風土として醸成し根付かせるとともに、社外のステークホルダーからも共感を得て、多様なステークホルダーと一致結束する関係を構築することが極めて重要だ。誠実な経営は、多様なステークホルダーとの高い志の共有、言わば「共鳴の連鎖」があってこそ実践できる。高い志への共鳴の連鎖を通じて醸成される、企業とステークホルダーとの信頼関係は、まさにソーシャル・キャピタルであり、CSRを実践するための土壌となる(CSRと経営戦略のあり方については、拙稿「地球温暖化防止に向けた我が国製造業のあり方」『ニッセイ基礎研所報』2008年Vol.50の補論を参照されたい)。

例えば、ある企業が高い志を結実させ、社会の温暖化ガスを大幅に削減できる画期的な新製品を開発したとしよう。しかし、その商業生産に要する設備投資資金は内部資金では賄えず、リスクマネーを調達しなければならないケースを想定しよう。この場合の企業と株主の関係はどうあるべきか。リスクマネーの調達手段として、新株やCBの発行によるエクイティファイナンス、あるいは米国のハイテク企業に見られる先行投資を優先する無配政策などが考えられる。

先行投資の財源を捻出する無配政策を継続するには、経営トップはタイムリーかつ十分な先行投資を継続的に実行しつつ十分な投資回収を達成し、それを背景としたキャピタルゲインにより株主を満足させ続けることが不可欠だ。また、エクイティファイナンスを実施する場合、資金調達による発行済株式数の増加を上回る株主価値向上をコミットする必要がある。このようにリスクマネーを調達して先行投資を行う場合、経営トップが投資回収や株主価値など「経済的リターン」に関わる見通しやリスク要因について株主に合理的な説明を行い、投資の戦略的重要性を納得させることが当然必要だ。しかし、企業と株主の信頼関係が十分でなく、両者の思惑にズレが生じてしまう結果、エクイティファイナンスのケースでは株主が株主価値の希薄化を懸念し、株価が下落するケースがよく見られる。

さらに、経営トップは社会の温暖化ガスの大幅削減により、「社会的リターン」の創出に貢献したいという熱い想いを語り、株主からの共感を得ることを目指すべきだ。そして株主以外の多様なステークホルダーとも高い志を共有し、共鳴の連鎖を生み出していくことに努力すべきだ。共鳴の連鎖により、従業員や取引先が温暖化ガス削減に寄与する新製品の立ち上げに関われることに誇りを感じ、顧客もそのような新製品の発売を歓迎し、また新製品を生産する新工場が建設される地域のコミュニティが工場進出に好意的なスタンスをとれば、この投資プロジェクトはスムーズに実行され、企業は新製品の立ち上げに成功する公算が高まるだろう。このように、多様なステークホルダーの社会的リターンへの共感がCSRの実践を促し、経済的リターンの創出につながると考えられる。

CSRの実践とは、経済的リターンと社会的リターンの両立を図ることであると言い換えてもよい。ソーシャル・キャピタルは、経済的リターンと社会的リターンの好循環を促す「触媒機能」を果たすと考えられる。CSRの実践には、志のレベルで企業と多様なステークホルダーをつなぐ、ソーシャル・キャピタルの醸成が欠かせない。

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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、産業立地、地域クラスター、イノベーション、企業不動産(CRE)、環境経営・CSR

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