コラム
2009年07月16日

経済危機で試されるCSR(企業の社会的責任)~不況期にもブレないCSRの実践が求められる~

社会研究部 上席研究員 百嶋 徹

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世界金融経済危機を契機に昨秋以降、企業業績の大幅悪化に伴い、産業界では製造業を中心に派遣労働者を大量解雇する動きが急速に広がり社会問題化した。CSR(企業の社会的責任)を実践する優良企業と言われていた、我が国有数の大手メーカーが業績の大幅悪化を理由に非正規雇用の大幅削減に走った状況を見ていると、「CSRとは何か」と改めて考えさせられる。

筆者は、「持続的な付加価値創造による利益成長」こそが企業が果たすべき普遍的な社会的責任であり、企業の「ボトムライン(収支尻)」はあくまで一つであると考えるが、問われるのはそれを達成するプロセスであり、環境や社会への十分な配慮が当然求められる。利益追求のプロセスに環境や社会への配慮を組込む「誠実な経営」、すなわちCSRを実践することにより、従業員や株主に加え、取引先、顧客、地域社会など多様なステークホルダーへの「共鳴の連鎖」を生むことが何よりも重要だ(CSRと経営戦略のあり方については、拙稿「地球温暖化防止に向けた我が国製造業のあり方」『ニッセイ基礎研所報』2008年Vol.50の補論を参照されたい)。

不況期における雇用リストラは手順や手法を誤ると、社内士気の低下や優秀な人材の流出を一気に招きかねない。経営責任を不明確にしたままの安易な人員削減は、ステークホルダーからの共鳴を得られないだろう。資金繰りが切迫し経営破綻の危機に瀕している企業でない限り、雇用リストラに着手する前に一歩立ち止まって考える必要がある。経営トップは事業環境を言い訳にできず、業績悪化の経営責任を明確にするため、真っ先に自らが「痛み」を背負った上で、痛みを社内で共有し全社一丸となることを訴えるべきだ。役員用社用車の廃止は勿論のこと、業績が回復するまで役員報酬を大幅に削減することを内外に宣言することから始めるべきだろう。大手製造業全体では、01年度のITバブルの崩壊以降、労働分配率を引き下げて営業利益を捻出してきた経緯があるため、ムダ撲滅による経費節減の徹底を打ち出さないうちに、労働側にさらなる負担を強いる雇用リストラに着手すべきでない。

いよいよ雇用リストラに着手せざるを得ない局面では、賃金調整を先行させ雇用確保を極力優先すべきだ。それでも業績回復のメドが立たなければ、人員削減に着手せざるを得ないが、正社員を守るとの大義名分の下で、合法だからと言って、立場の最も弱い非正規労働者を雇用契約に従って真っ先に解雇するのであれば、労働に配慮したCSRを実践しているとは言い難い。雇用契約など法令遵守はCSR以前の当然の義務であり、CSRの実践では志の高さを競うべきだ。また、優秀な若手社員の中にはボランティアやNPO活動に参画し、自分がいかに社会に役立つべきかを考える志の高い人材が増えていると思われ、そのような人々は正社員のみを守るとの発想には共鳴せず、むしろそのような視野の狭い会社に愛想を尽かすかもしれない。経営トップは、正規・非正規を問わず能力評価をベースに従業員の配置を判断することが基本であり、さらに景気回復期において再び協力を仰ぐことになるであろう非正規労働者への十分な配慮が求められる。安易に派遣切りや雇い止めを行った企業は、次の景気上昇期で派遣労働者を集めることに苦慮することになるだろう。

一方、世界金融経済危機による需要急減を受けて、国内製造業の生産水準は一時歴史的な落ち込みを示し、大幅な設備過剰が発生した。これに対応し、過去に例のないほど短期間に工場閉鎖が数多く打ち出された。03年以降の「国内回帰ブーム」において、経済合理性に照らして十分な立地選択の検討を行わずに、横並びの投資を決定した企業もあったと見られることから、これらの過剰設備が廃棄されることは結構なことだ。しかし、100年に一度の不況に動転し、次の景気回復期に備えて戦力として温存すべき設備まで廃棄することを拙速に判断していないだろうか。すぐにでも経営破綻する企業でない限り、やはり一歩立ち止まって考える必要がある。未曾有の経済危機にある今こそ、企業はコア事業を明確にした上で、事業環境によってブレない経営判断を行うべきだ。コア事業が不明確だと、好況期には安易な設備投資や投機的な不動産投資に走る一方、今回のような不況期には本業強化に温存すべき設備まで廃棄し不動産も売り急ぎ、景気回復期での企業価値向上の機会を逃しかねない。足下で早くも生産回復の動きが出てきており、拙速に設備廃棄を行った企業は需要回復の機会を取りこぼす可能性が大きいだろう。

企業は継続的な先行投資により付加価値を向上させ、労働分配を増やしつつ持続的な利益成長を図ることが求められる。目先の利益確保のみ優先するのでなく、労働および設備への適正な分配と利益成長を両立させることこそが企業のサステナビリティ(持続可能性)の観点から重要であり、普遍的なCSRを果たすことに他ならない。未曾有の不況期にもブレないCSRの実践が求められ、そのために経営トップは志の高い企業理念を掲げ、それを全社に浸透・共有させ、組織風土として醸成し根付かせることが極めて重要だ。
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

経歴
  • 【職歴】
     1985年 株式会社野村総合研究所入社
     1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
     1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
     2001年 社会研究部門
     2013年7月より現職
     ・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
     
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
     ・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
     ・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
     ・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)

    【受賞】
     ・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
      (1994年発表)
     ・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)

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