コラム
2009年06月17日

NAICによる世界初の気候変動リスクの開示義務化

  川村 雅彦

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幅広い気候変動リスクの開示要求

NAIC(全米保険監督官協会)は本年3月、保険会社に対して、地球温暖化に伴う気候変動による財務リスクとその対応策に関する情報開示の義務付けを決定した。これは世界初の気候変動リスクの制度開示であり、リスク評価プロセスまで問う画期的なものとなった。その狙いは、保険会社の支払能力(ソルベンシー)と保険契約者の利用可能性(アフォーダビリティ)を視野にいれた、気候変動の潜在的な影響の把握である。

NAICの地球温暖化タスクフォース議長は、「将来的に保険事業に大きなインパクトを与える気候変動に対して、保険会社はどのように対応するのか、我々監督官は知る必要がある。」と指摘する。年間保険料収入が5億ドルを越す保険会社に開示義務があり、「Insurer Climate Risk Disclosure Survey」の質問(後述)に毎年回答する必要がある(認可取得州の監督官へ提出)。来年5月1日が最初の回答期限となるが、集計結果はNAICのホームページで公表される。

今回のNAICの開示要求は、保険会社が気候変動リスクをどのように認識し、どのように緩和しようとしているのかを問うものである。具体的な開示項目の範囲は幅広く、以下8つの質問から構成される(ただし、定量的情報は要求されていない)。

 1. 自社業務における温室効果ガスの排出量削減計画

 2. リスク管理と投資の観点からみた気候変動に対する基本方針

 3. 気候変動リスクの特定方法と財務的・経営的影響の評価方法

 4. 自社において現在ならびに予測される気候変動リスク(地理的場所の特定を含む)

 5. 投資方針における気候変動リスクの配慮(投資戦略の変更を含む)

 6. 保険契約者に対する気候変動に伴う損害の低減に向けた意識変革の方法

 7. 気候変動に関するステークホルダーとの協働・エンゲージメントの方法

 8. 気候変動に関するリスク・マネジメントの内容(コンピュターモデルの変更を含む)

NPOとの協働の成果

このNAICの決定にNPOが深く係わっていることも見逃せない。実は米国の世界的な環境NPOであるCeres(セリーズ:企業の環境取組を促進する投資家と環境団体などのネットワーク)が、2005年からNAICと協働して開示の枠組を開発してきたのである。彼らは「今こそ気候変動に対処する時」という明確なメッセージをワシントンに送ることができたと述べており、今回の決定はオバマ政権の誕生による気候変動政策へのシフトが背景にあるとみてよいだろう。

また、2007年にCalPERS(カルパース:カリフォルニア州職員退職年金基金)などの機関投資家と主要州財務担当者が、SEC(米国証券監視委員会)に対し、企業の気候変動リスクの開示ガイドライン策定を要求したことも影響を与えたようだ。CalPERSに次いで米国第二位の機関投資家であるCalSTRS(カルスターズ:カリフォルニア州教職員退職年金基金)は、NAICの開示要求は最終的には投資家の意思決定にとっても重要な意味を持つと歓迎している。

決定に至るまでの保険業界の対応

NAICは気候変動を「保険会社にとって先例のない領域への挑戦」と位置付ける。その背景には、米国の証券化商品がウォール街のビジネスモデルに巨大なリスクを抱え込んだとの認識から、気候変動が保険会社のリスクモデルを根底から揺るがしかねないという危機感がある。CII(英国の勅許保険研究所)も「気候変動は保険市場の崩壊をもたらし、実質的に保険不能な市場となるかもしれない」と警告している。

それでは、今回のNAICの決定に至るまでの保険業界の対応はどうだったのだろうか。昨年5月にNAICが提示した年次報告書への強制開示に対して、損保・生保を問わず業界は反対を表明し、自主開示を求めた。特に訴訟の頻発の懸念から、異常気象などの気候変動リスクに直接さらされる損保業界の反対は強かった。気候変動の影響は少ないと主張した生保業界に対しては、NAICは地球温暖化がこのまま進めば、死亡率や資金運用などに悪影響がでてくると反論した。最終的には妥協点として、分離型の「質問票調査」の公表に落ち着いたのである。

言うまでもなく保険業界は気候変動リスクの重要性は認識しており、一部には質問票は未来志向であるとの意見もある。地球温暖化の影響は世界各地で顕在化しつつある。保険業界に限らず、今後、気候変動リスクの開示要求はますます強まることから、企業は気候変動リスク(併せてチャンス)を自らの経営課題として位置づけることが不可欠である。

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