2009年05月25日

マクロ経済予測の予測形成におけるPublicity効果 -アメリカ、欧州における予測集計調査を用いて-

総合政策研究部 常務理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任 矢嶋 康次

日本大学経済学部教授 小巻 泰之

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予測形成の理論に関する議論は,マクロ経済予測の利用者が正確な予測を求めることを前提に,予測者は予測における誤差を最小化させるとの仮定で進められてきたものが多い.しかし,“principalagent”問題が存在する限り,公刊されているプロの予測者による予測集計調査から期待形成を適切に計測できない,とLamont(1995)は主張している.予測者は,自身の利潤を最大化するために,予測の正確性を犠牲にしてまでも,自らの能力への信頼を操作し,Publicity(評判)を意識した予測を行うインセンティブを有する.特に,加齢とともに予測者の経験,知識が向上し,その傾向は強まるとの指摘である.本論では,アメリカと欧州における集計方法が異なる2種類の予測集計調査をもとに,マクロ経済予測の予測形成におけるPublicity効果の計測を行う.

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Lamont(1995)で主張された「予測者の年齢が増す毎に予測の正確性を犠牲にする」との結果は,本論で用いたデータからは支持されない.この背景には,予測の多くが個人名ではなく予測機関名で公表されていることが影響していると考えられる.アメリカなどでみられる個人経営による予測機関であれば,評判を気にする行動として加齢とともにその効果は現れる可能性はあろうが,一般的には,予測機関での予測の場合技術が未熟な予測者の予測を発表するのではなく,機関としての予測値を発表す
ると考えられる.

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このように考えれば,当初に発表した予測における他の予測者との格差を維持することが,予測者にとっての評判を維持し,予測における利潤を最大化する行動につながるのではないかと考える.たとえば,次年度の予測の場合,補強する材料が乏しいことから,予測のシナリオが重要であり,そのシナリオ維持が評判を高めることになる.推計結果からも,予測者の格差を意識した予測形成が行われていることが示された.これは,Krane(2003)が指摘するように,予測機関では予測期間が長いほど長期的なトレンド,潜在GDPの成長率及び予測シナリオなどが重要な予測要素となっており,月次に追加される情報は必ずしも有効に利用されていないと考えられる.

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ただし,過去の予測の影響についてパラメータの大きさで判断すると,予測者の属性が匿名の調査の方が,予測者の名前や会社名が掲載された調査より小さくなっている.また,補論でおこなったLakonishok, Shleifer and Vishny (1992) による横並び指標での試算結果では,匿名の調査の方が横並び度合いが小さいとの結果がえられた.このことは,Publicity効果以外の要素が匿名の集計調査では存在していることを意味している.

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今後の課題として,経済主体の横並び行動について定量的に比較検討を行うことが考えられる.一般的に,欧米の労働者,経営者と比較して,日本では他者と同じ行動をとり独自性がないと印象論として主張されることが多い.補論でおこなった横並び度合いの試算について,計測期間,予測集計調査を増やすことにより,頑健な分析を行い,予測集計方法の違いの影響についても検討したい.
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