コラム
2009年05月13日

二匹の巨大クモが立証した横浜市のクリエイティビティ

吉本 光宏

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先月17日~19日の三日間、横浜市の開港150周年事業のプレイベントとして、仏ナント市を拠点に活動する巨大スペクタルアート劇団「ラ・マシン」の街頭パフォーマンスが行われた。登場したのは2匹の巨大なクモ。1体の重量は13トン、高さ12メートル、ビルの4階分に相当するサイズである。油圧駆動のクモは、10人以上の搭乗者の操作でホンモノ以上にクモらしい演技をしながら、赤レンガパーク、新港埠頭、日本大通りを闊歩し、3日間で62万人が巨大クモのパレードに感嘆の声をあげた。

私がこのカンパニーの前身、ロワイヤル・ドゥ・リュクスの「サルタンの象」を見たのは、2005年6月、「EU・日本創造都市交流2005」で訪問したフランス北部のアミアン市だった。全長22メートル、高さ11.2メートル、幅7.2メートル、総重量22トンの巨大な象と、身長6メートルの少女が街中をパレードするパフォーマンスに私はすっかり魅了されてしまった。ジュールベルヌ没後100年を記念して、ナント市とアミアン市が共同で制作したこの作品を市街地で上演するには、道路の交通規制をはじめ、様々な課題をクリアしなければならない。「象の通行障害」になることから、道路の段差を解消する工事すら行われたと聞いた。
仏アミアンの「サルタンの象」(2005年)
その後、この作品は世界各地を巡回したが、2006年のロンドン公演は、初めての巨大都市とあって大がかりな準備が必要だった。アーツカウンシルの創設60周年の記念事業として実現したものだが、警察当局はもちろん、市長室、ロンドン開発局、ロンドン交通局、消防署、観光局などロンドン市のあらゆる部局、そして防衛省までが総掛かりで巨大な象と少女のパフォーマンスを実現させた。当初、劇団の示す条件に難色を示していたロンドン市警も、ナント市で見た実際のパフォーマンスに心を打たれ、全面協力することになったという。身長6メートルの少女は、ダブルデッキ・バスの2階でロンドン観光を楽しんだ。

巨大クモが最初に出現したのは2008年、欧州文化首都に指定されたリバプールだった。1体の巨大クモがビルの10階の外壁に貼り付いて出現、その後市内を闊歩してリバプール市民の度肝を抜いた。横浜では市の委嘱でもう一体のクモを製作、謎の物体が横浜の港に漂着したという設定で、海から釣り上げられてパフォーマンスはスタートした。音楽はフォークリフトで空中散歩する演奏家たちのライブ演奏だ。二日目、みなとみらいのビル群を背景に巨大クレーンでつり上げられたクモは、新港埠頭で空中散歩や海面の水遊びを楽しんだ。三日目にはもう一体のクモに出会い、日本大通りまでパレード。最後は巨大なポンツーン(浮き桟橋)に一体のクモが乗せられ新港埠頭を出港。夕闇が迫る中、別れを惜しむ二匹の巨大クモと大量の水噴射や火を使った演出のフィナーレは圧巻だった。
空中散歩を楽しむ巨大クモ/日本大通をパレードする二匹の巨大クモ
巨大クモのリアルな動きに釘付けになった子どもたちの眼差し、前日の感動を突然見ず知らずのご婦人たちに語りはじめるデジカメおじさん、クモの勇姿を記録にとどめようと空中に突き出されたおびただしい数の携帯電話。そのスゴさ・・・を文字で伝えるのは難しいが、62万の人々はそれまでに経験したことのない驚きや感動を味わったに違いない。この市街地のパフォーマンスを実現するため、主催者の(財)横浜開港150周年協会はもとより、横浜市、海上保安部、神奈川県警が、規則や規制を乗り越えるために費やした尽力は並大抵ではないだろう。

90年代末から世界各国の都市が注目するようになったクリエイティブシティ。脱工業化で荒廃したEU諸国の工業都市、港湾都市が、アートや創造産業の振興で活力を取り戻している。そのポイントはこれまでの固定概念にとらわれず、クリエイティブな発想で社会的な課題に挑戦し、都市に活力をもたらすこと。横浜市も、2004年から創造都市政策を掲げ、様々なチャレンジを展開してきた。今回のラ・マシンの公演は、その積み重ねが実を結んだもので、いわば、横浜市のクリエイティビティを立証する記念碑的なイベントと言える。

私の隣で巨大クモの空中散歩に見入っていたご婦人が、「こんなことができる横浜市はスゴイ!」と何度も感嘆の声をあげていたのが忘れられない。残ったクモは、ベイサイドエリア「はじまりの森」に住みつき、1日5回の歩行を楽しんでいる。ご興味のある方は、62万人を釘付けにした巨大クモを見に行かれてはどうだろう。

  ※ラ・マシンの「はじまりの森」での公演情報は下記HPを参照
        http://event.yokohama150.org/event/bayside/detail1.html

 ※写真撮影はいずれも筆者
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