2009年03月25日

米国住宅ローン市場の現状と課題 -持家政策と住宅金融政策:住宅価値の評価と活用を考える-

社会研究部 土地・住宅政策室長 篠原 二三夫

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米国の住宅価格は2000年頃から年率10%超で急上昇を続けた。持家住宅建設や取引の拡大が進み、全米平均持家率は2004年時点でほぼ70%の水準に達した。しかし、その後の住宅価格の上昇とインフレ対策によるFFレートの高め誘導による住宅ローン利子率の上昇は、住宅取得の容易性を低下させることとなった。住宅価格は2006年中頃から過剰な住宅在庫などと相まって下落に転じ、ついに住宅バブルは崩壊した。住宅着工や既存住宅取引は激減し、近年のピーク時からすると、各々△64%(2005~2008年)と△33%(2005年9月~2008年12月)という危機的な状況まで落ち込んだ。2008年11月の新築在庫は16ヶ月分を超す水準まで拡大している(1)。
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バブル崩壊に至るまで、低水準の住宅ローン金利と住宅価格の継続的上昇は、キャピタルゲイン(2)を狙う投機や住宅の住み替え、MEW(3)を実現するための住宅ローンの借換え、ホーム・エクィティローン(HEL)(4)などの需要を大きく拡大した。このツールとして、公的融資ではなく民間金融機関による変動金利・リセット条件付きのサブプライムローンや所得証明が不要なAlt-A、当初は金利分だけの支払いで元本返済を後回しにするOption Adjustable Rateなど、借入れ易く初期の返済が楽ではあるが、実はハイリスクなローンの需要が拡大した。その多くは持家率拡大という政策的目標にあたかも呼応するかのように、マイノリティに対する略奪的な貸付けを増大させたものと考えられる。
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バブル崩壊によって、このようなハイリスクの貸付の多くが破綻し、差押え開始件数は2004年~2008年第2四半期末の累積で554万件(手続中は2008年Q2で150万件)に達した。全ローンの差押え率は、西部のアリゾナやカリフォルニア州、ネバダ州、南部のフロリダ州、中西部のイリノイやオハイオ州等では3%を超える水準にある。サブプライムでは、その他に北東部のコネチカットやマサチューセッツ州、ニュージャージー州等、中西部のミシガンやミネソタ州等が10%を超える高水準にある。差押え物件に隣接するコミュニティの住宅価格がさらに下落し新たなローン破綻者を生むという悪循環が発生し、コミュニティの崩壊や地方自治経営のリスク増大による深刻な社会問題をもたらしている。このような状況は住宅バブルの崩壊のみならず、略奪的な貸付行為(Predatory Lending)によるところが大きい。
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オバマ新政権はこの差押え問題を解決すべく、2009年2月18日に700~900万と推定される世帯の住宅ローンの条件変更と借換えを促進し差押えを回避する「持家アフォーダビリティ及び安定化計画」(Homeowner Affordability and Stability Plan)を公表した。同計画では(1)責任ある400~500万持家世帯の住宅ローンをアフォーダブルなものに借換えること、(2)破綻リスクに直面している300~400万の世帯に対する750億ドル規模の持家安定化イニシアティブの推進、(3)Fannie MaeおよびFreddie Macの信用強化により、低水準の住宅ローン金利を維持することを目標としている。低・中位所得階層の住宅1次取得者を支援する税額控除制度も導入された。
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一方、連邦準備理事会(FRB)は貸付真実法(TILA)によりサブプライムローンを含む高金利融資(Higher Priced Mortgage)に対する規制強化(適合性の原則の導入)や鑑定評価人、サービサーに対する行為規制等の強化を行った。この規制により、事実上、リスクの高いサブプライム市場はなくなる可能性がある。並行して住宅・都市開発省(HUD)は、従来から運用していた不動産決済手続法(RESPA)における最善見積書(GFE)等の情報開示ルールを強化する方針である。業界はこれらの規制強化に反発しているが、TILAは2009年10月から(一部は2010年4月から)、RESPAは2010年1月から(一部は2009年4月から)試行される予定である。
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米国住宅市場やローン市場が危機的状況から回復するには、新築住宅の在庫が16ヶ月という水準にあることや、150万件を超える差押え手続中の物件があり更に急増する見込みであること、引き続いて実体経済の悪化が見通されることから、様々な支援策が効果をもたらし住宅価格の下落が緩慢になったとしても、最低2年程度の期間を必要とするものと考えられる。しかし、バブル時の規模はないものの、通常の住宅取引は着実に続いている。2004年から2008年第2四半期までに400万件以上の差押え物件が処分できている事実からすると、最悪の状況下であっても市場では住宅の物件価値を認めた売買が様々な需要や思惑において成立していることとなる。米国の現況や制度的対応は、わが国が目指す持家政策や住宅金融政策における共通したキーワードである住宅価値の評価や活用、情報開示につながるものであり、引き続きその展開に注目していきたい。

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社会研究部   土地・住宅政策室長

篠原 二三夫 (しのはら ふみお)

研究・専門分野
土地・住宅政策、都市・地域計画、不動産市場

経歴
  • 【職歴】
     1975年 丸紅(株)入社
     1990年 (株)ニッセイ基礎研究所入社 都市開発部(99年より社会研究部門)
     2001年より現職

    【加入団体等】
     ・日本都市計画学会(1991年‐)           ・武蔵野NPOネットワーク役員
     ・日本不動産学会(1996年‐)            ・首都圏定期借地借家件推進機構会員
     ・日本テレワーク学会 顧問(2001年‐)
     ・市民まちづくり会議・むさしの 理事長(2005年4月‐)
     ・日米Urban Land Institute 国際会員(1999年‐)
     ・米国American Real Estate Finance and Economics Association国際会員(2000年‐)
     ・米国National Association of Real Estate Investment Trust国際会員(1999年‐)
     ・英国Association of Mortgage Intermediaries準国際会員待遇(2004年‐)
     ・米国American Planning Association国際会員(2004年‐)
     ・米国Pension Real Estate Association正会員(2005年‐)

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